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【第92話:弾丸の契約書】

「……ここか。趣味の悪い隠れ家だ」


**【シルフィード改】**で海面すれすれを飛行し、案内されたのは港町から少し離れた岩礁地帯にある洞窟だった。 船を隠し、ボートで侵入すると、そこは巨大な空洞になっていた。 松明の明かり。酒と潮の匂い。 そして、無数の鋭い視線。


「おいおい、見ろよ。ガキ連れだぜ」 「迷い込んだ貴族のお坊ちゃんか? 身代金になるかな」


数百人の海賊たちが、僕たちを取り囲む。 全員が武装し、マナではなく「火薬」と「暴力」の匂いをさせている。 僕は先頭に立ち、臆することなく歩を進めた。


「親玉を出せ。……商談に来た」 「あぁん? 寝ぼけてんのか小僧」


海賊の一人がサーベルを抜き、僕の首元に突きつける。 だが、僕は歩みを止めない。 サーベルの刃が首に触れる寸前、横から伸びた手が、刃を指二本で摘んで止めた。


「……錆びてる。手入れがなってない」


エリルだ。 彼女はそのまま指に力を込め、鋼鉄のサーベルを「パキン」とへし折った。


「なッ……!?」 「手出し無用だ。……僕の連れは、気が短い」


僕がニヤリと笑うと、ざわめきが広がった。 その時、奥の祭壇――かつては船の舳先だったと思われる場所から、パンパンと手を叩く音が響いた。


「――いいねぇ。威勢がいいガキは嫌いじゃないよ」


現れたのは、派手なコートを肩に掛け、腰に二丁の魔導拳銃を下げた女性だった。 燃えるような赤髪。眼帯。 そして、男顔負けの覇気。 この海域を統べる海賊女王、ヴァレリーだ。


「あたしがカシラのヴァレリーだ。……で? 教団に港を焼かれてイラついてるあたしらに、何の用だい?」


彼女は玉座(宝箱の山だ)に座り、銃口を弄びながら僕を見下ろした。


「同盟を結びに来た。……共通の敵、教団をぶっ潰すためにね」 「ハッ! 教団だと? あの空飛ぶ城を持ってる連中にかい?」


ヴァレリーは鼻で笑った。


「悪いがね、あたしらは海賊だ。勝ち目のない喧嘩はしない主義でね。……それに、お前らが教団のスパイじゃないって証拠もない」


彼女の目が鋭く光る。 交渉決裂なら即発砲、という空気だ。 ここでラピス(人魚)を出せば信用は得られるかもしれないが、それでは「対等」にはなれない。 海賊が認めるのは「力」と「度胸」だけだ。


「……証拠か。なら、賭け(ゲーム)をしよう」


僕は懐から、一枚の金貨を取り出した。 親指で弾き、ピンッという音と共に空中に飛ばす。


「この金貨が床に落ちる前に、あんたの自慢の銃で撃ち抜いてみろ。……できたら、お前たちの言い値で僕たちを売っていい」 「ほう? ……で、出来なかったら?」 「僕の話を聞け。そして、深海への案内を頼む」


挑発的な提案。 ヴァレリーは口角を吊り上げ、銃を構えた。


「ナメられたもんだねぇ。……あたしの早撃ちは、カモメの目だって撃ち抜くよ」


彼女の指がトリガーにかかる。 金貨が最高点に達し、落ちてくる。 その瞬間。


ドォォン!!


銃声が轟いた。 だが、撃ったのはヴァレリーではない。 僕だ。 背負っていた**【雷神の槍・改】**を、神速の早抜き(クイック・ドロウ)で構え、腰だめで発砲したのだ。


キィィィン!!


空中で弾丸が金貨を捉える。 金貨は粉々に砕け散り――その破片が、ヴァレリーの頬を掠めた。 一筋の血が流れる。


「なッ……!?」


ヴァレリーが目を見開き、硬直する。 彼女がトリガーを引くよりも速く、僕が撃ち抜いたのだ。 しかも、彼女の頬を狙って(・・・)。


「……悪いな。僕の銃の方が、少しだけ速かったようだ」


僕は銃口から立ち上る煙を吹き、銃を戻した。 静まり返る洞窟。 海賊たちが、化け物を見る目で僕を見ている。


「……ッ、ハハハハハ!」


ヴァレリーが突然、腹を抱えて笑い出した。


「面白い! こりゃ傑作だ! あたしの早撃ちを出し抜く魔法使いなんて、初めて見たよ!」


彼女は椅子から立ち上がり、僕の目の前まで歩いてくると、流れる血も拭わずにニヤリと笑った。


「合格だ。……その度胸と腕前、気に入ったよ」 「交渉成立か?」 「ああ。だが、同盟の証に『杯』を交わしてもらうよ」


彼女が指を鳴らすと、部下が樽のようなジョッキを持ってきた。 中身は、ドス黒い液体。 強烈な刺激臭がする。


「海賊流の盟約の儀式、『クラーケンの墨酒』だ。……猛毒の海蛇と火薬を漬け込んだ特製だ。これを飲み干せたら、兄弟と認めてやる」


試されている。 ただの早撃ちだけじゃなく、腹が据わっているかどうかを。 普通なら即死レベルの代物だ。


「……上等だ」


僕はジョッキを受け取ろうとした。 だが、横から巨大な手が伸びてきて、それをひったくった。


「なんだ、プロテインか!?」


ガルだ。 彼は「いただきます!」と叫ぶと、猛毒の酒を一気に飲み干した。


「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……プハァッ!!」


ガルが口を拭う。 海賊たちが「死んだか!?」と身構える。 だが、ガルは満面の笑みで親指を立てた。


「効くぅぅぅッ! 筋肉が熱くなる! プレワークアウト(運動前)に最適だ!」 「……えぇ?」


さらに、エリスが残った滴を指ですくい、ペロリと舐める。


「……んん。毒消し草とマンドラゴラの配合比率が絶妙……美味しい……」 「……」


ヴァレリーがポカンと口を開けている。 毒も火薬も、Sクラスにはスパイスでしかなかった。


「……あー、なんだ。お前ら、人間か?」 「Sクラスだ」


僕が答えると、ヴァレリーは呆れたように首を振り、そして豪快に笑った。


「最高だ! こんなイカれた連中なら、教団も食い破れるかもしれないねぇ!」


彼女は自分の銃をホルスターに戻し、僕の手をガシッと握った。


「いいだろう、兄弟! ……あたしらの潜水艦『リヴァイアサン号』を貸してやる! 深海でも地獄でも、好きに行きな!」


交渉成立。 暴力と度胸、そして異常な胃袋で、僕たちは海賊との同盟を勝ち取った。 これで、深海への道は開かれた。


「準備しな。……夜明けと共に出航だ!」


海賊たちの歓声が上がる。 僕は安堵の息をつき、陰で見守っていたラピスに視線を送った。 彼女もまた、希望を見出したように小さく頷いた。


次は、光の届かない深海。 機神の痕跡と、滅びた都の謎へ。 Sクラスの冒険は、深淵へと潜っていく。

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