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【第89話:守り抜いた日常】

「……見えてきましたわ! 私たちのホームです!」


セリアが甲板で声を弾ませる。 **【シルフィード改】**の眼下に広がるのは、懐かしき王都アルテッツァの街並みだ。 かつて空を覆っていた不吉なドーム状の結界はない。 突き抜けるような青空の下、復興中の街からは白い煙(炊き出しや工房の煙だ)が立ち上り、人々の活気が豆粒のように動いているのが見える。


「……平和だね」 「ん。……空気が美味しい」


エリルが手すりに身を乗り出し、風を感じている。 僕たちは帰ってきたのだ。 敵地ではなく、守るべき場所としての王都へ。


***


学園の校庭に着陸すると、授業中だった生徒たちが窓から顔を出し、歓声を上げた。


「おい見ろ! Sクラスが帰ってきたぞ!」 「あのでかい飛行船、また改造されてないか!?」 「筋肉だ! ガル様がさらに黒光りして戻ってきた!」


以前のような「腫れ物」を見る視線はない。 彼らは知っているのだ。このふざけた集団が、学園を、そして国を救った英雄(の卵)たちであることを。


「ただいま戻りました! ……ふふん、東方のお土産話を聞きたい方は、整理券をお取りになって!」


セリアがタラップを降りながら、優雅に(そして少し高飛車に)手を振る。 ガルは早速ポージングを決め、エリスは校舎の陰の濃さを確認して安心している。 イズナは、初めて見る西洋風の建築物に目を丸くしていた。


「へぇ……。こりゃまた、デカイ石を積み上げたもんだねぇ。地震が来たらひとたまりもなさそうだ」 「魔法で補強してるから大丈夫さ。……ようこそ、僕たちの『アジト』へ」


僕が案内しようとした時、人垣を割って一人の青年が歩いてきた。 純白の制服。 そして、右袖からは銀色の金属光沢――**【機神義手】**が覗いている。


「……おかえり、レイン。随分と派手な帰還だね」


レオンハルトだ。 顔色は以前よりずっと良く、憑き物が落ちたように穏やかだ。 だが、その全身から放たれるオーラは、以前よりも鋭く、強くなっている。 国を背負う覚悟を決めた者の覇気だ。


「ただいま、生徒会長。……留守中、羽を伸ばさせてもらったよ」 「それは良かった。こっちは書類の山と格闘する毎日さ」


彼は苦笑し、僕に右手を――義手を差し出した。


「……無事でよかった」 「そっちこそ。……いい腕になったな」


僕たちは握手を交わした。 生身の手と、冷たい金属の手。 だが、そこに通う信頼は同じ温度だった。


***


その日の放課後。 僕たちは久しぶりに、学園の大食堂に集まっていた。 メニューはいつものランチだが、東方でのサバイバル生活の後だと、涙が出るほど洗練された味に感じる。


「……で、これが『左腕』か」


レオンハルトが、テーブルに置かれた銀色の六角柱プリズムを興味深そうに眺める。


「ああ。絶対防御の盾『アイギス』だ。……お前の右腕アガートラームと対になる兵装だな」 「攻撃と防御か。……まるで僕たちみたいだね」


レオンハルトは笑い、イズナを見た。


「君が新しい協力者かい? ワノクニの忍びとは、また珍しい」 「あたしはイズナ。……あんたが噂の『勇者』かい? もっと堅苦しい奴かと思ったけど、意外と話せそうだね」


イズナがレオンハルトの義手をコンコンと叩く。 無礼な振る舞いだが、レオンハルトは怒りもせず、むしろ楽しそうに受け入れている。


「……教団の動きは?」 「完全に沈黙している」


レオンハルトの表情が引き締まる。


「国内の拠点は全て潰した。残党も地下へ潜ったか、国外へ逃亡したようだ。……今の王都は、ここ数十年で一番クリーンだよ」 「嵐の前の静けさ、か」 「ああ。奴らは次の『勇者カズヤ』の完成を待っている。……次に動く時は、総力戦になるだろう」


平和なランチタイム。 窓の外では、生徒たちが魔法の練習をしたり、芝生で寝転がったりしている。 この当たり前の景色を守るために、僕たちは戦ったのだ。 そして、これからも戦わなければならない。


「……次は『南』だ」


僕はコーヒーを飲み干し、告げた。


「南の大海溝。そこに『左脚』がある。……海の中だ」 「海か。……あそこには『人魚』の国があるという伝説があるね」 「人魚! マーメイドですわね! 生体サンプルの宝庫ですわ!」


セリアが目を輝かせる。 ガルは「水圧トレーニング!」と叫び、エリスは「水死体……」と呟く。 ブレない連中だ。


「補給と整備を済ませたら、すぐに出発する。……レオンハルト、王都は頼んだぞ」 「任せてくれ。……君たちが帰ってくる場所は、僕が死守する」


レオンハルトが力強く頷く。 チャイムが鳴る。 午後の授業(Sクラスは免除だが)の始まりだ。


僕たちは席を立った。 束の間の休息。 懐かしい空気。 それらを胸いっぱいに吸い込み、僕たちは次なる冒険への活力を満タンにした。


「……さあ、行くか。次は海だ」


Sクラスの課外授業、第二章の幕開けだ。

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