【第86話:魔力爆発】
思考を切れ。 イメージしろ。 数値じゃない。角度じゃない。 ただ、目の前の敵を「排除する」という結果だけを。
「……燃えろ」
僕が呟いた瞬間、大気が爆ぜた。 詠唱も、魔法陣もない。 僕の感情が、そのままマナに着火した。
【直感魔術】――『爆熱』
ドォォォォォッ!!
「……!?」
ドッペルゲンガーが反応できない。 奴の演算回路は、「僕が魔法を使うには0.5秒の予備動作が必要」だと学習しているからだ。 だが、今の僕に予備動作はない。 思った瞬間、そこが爆心地だ。
『警告。理論値ヲ超過。……防御障壁、展開』
奴が慌てて障壁を張る。 だが、遅い。 僕は爆風を突き破り、さらに踏み込んだ。
(次は風だ。……切り裂け!)
腕を振るう。それだけで真空の刃が生まれる。 奴の障壁が紙のように裂ける。 計算された美しい魔法じゃない。 荒々しく、無駄が多く、けれど圧倒的に「速い」。
『エラー。行動パターン、照合不能。……対処不能』
「当たり前だ! ……今の僕は、僕ですら予測できないんだからな!」
僕は笑った。 楽しい。 今まで、効率と生存確率ばかりを計算して、窮屈な戦い方をしてきた。 だが、魔法とは本来、もっと自由なものだったはずだ。 子供が絵を描くように。 歌うように。
「凍れ! 弾けろ! 重くなれ!」
氷柱が突き出し、雷が落ち、重力が歪む。 属性の相性など関係ない。 僕の「意志」という奔流が、ドッペルゲンガーの論理を飲み込んでいく。
「これで終わりだ!」
僕は**【雷神の槍】**を構えた。 冷却? 知るか。 ありったけのマナをぶち込んで、奴の核ごと消し飛ばす。 砲身が悲鳴を上げ、青い光が限界まで膨れ上がる。
「消え失せろ、偽物ォッ!!」
トリガーを引く。 勝利を確信した、その刹那。
ブツンッ。
音が、消えた。 いや、違う。 世界から「マナの流動」そのものが消失したのだ。
「……え?」
銃口から放たれるはずだった極大の雷撃が、プシュ……と情けない音を立てて霧散した。 それだけじゃない。 僕の身体強化も、展開していた結界も、すべてが強制的に解除された。 体が重い。 酸素が薄くなったような、強烈な不快感。
『……検知。対象ノ「脅威度」ガ限界ヲ突破。……機神兵装「アイギス」、緊急介入』
ドッペルゲンガーが、無機質な声で告げる。 奴の背後に浮かぶ巨大な盾。 それが、どす黒く脈動していた。
【広域マナ凍結】 効果:領域内における魔力活動の完全停止
「……魔法禁止、かよ」
僕は舌打ちし、引き金を何度も引いた。 カチッ、カチッ。 反応しない。 レールガンは電気と磁力(マナの変換)で動く。 マナが動かないこの空間では、ただの重たい鉄の塊だ。
『魔力供給停止ヲ確認。……物理排除ニ移行シマス』
ドッペルゲンガーもまた、手にした銃を捨てた。 奴の魔法も使えない。 だが、奴は「機械」だ。 基礎的な身体能力と、オリハルコンの骨格だけで、生身の僕を殺すには十分な戦力を持っている。
ガシャッ。 奴がファイティングポーズをとる。 完璧な構え。隙がない。
「……ハハッ。そうこなくっちゃな」
僕は**【雷神の槍】**を地面に放り捨てた。 ドスン、と重い音が響く。 魔法も使えない。武器もない。 並列思考も切っている。 残されたのは、父さんに鍛えられた貧弱な肉体と、Sクラスで培った泥臭い根性だけ。
「いいぜ。……望むところだ」
僕は拳を握りしめた。 指の関節が白くなるほどに。 魔法使いが魔法を封じられたら終わり? そんな常識、僕が一番嫌いなやつだ。
「来いよ、ポンコツ。……スクラップにしてやる」
僕も構えた。 父さんの剣術の構えではない。 ガルのような力任せでもない。 ただ、生き残るためだけに泥を啜ってきた、野良犬の喧嘩スタイル。
風が止まった。 静寂のクレーターで、僕と僕が睨み合う。 最後の決着は、あまりにも原始的な「殴り合い」に委ねられた。




