【第85話:無限の鏡合わせ】
ズガガガガガッ!!
乾いた銃声が連鎖する。 僕が右へステップを踏みながら3連射すれば、奴も左へ(僕から見て鏡合わせの方向へ)ステップし、同じリズムで3発撃ち返す。 空中で弾丸同士が激突し、火花となって散る。 一歩も近づけない。一発も当たらない。
「チッ、鬱陶しいな!」 『チッ、ウットウシイナ!』
悪態までハモる。 僕は舌打ちし、思考を加速させる。
スキル【並列思考】――演算レベル最大。
(奴の銃口の向きは右肩。重心は左足。……次は『風弾』による牽制か)
予測完了。僕はあえて隙を見せ、カウンターの**【火弾】**を準備する。 だが。
『予測完了。……対象ノカウンターヲ、防御障壁デ無効化』
僕が魔法を放つコンマ1秒前に、奴の周囲に障壁が展開される。 こちらの意図が完全に読まれている。 いや、違う。 奴もまた、僕と同じ思考回路で「最適解」を弾き出しているのだ。
「……くそっ、将棋のAI同士を戦わせてる気分だ」
僕は冷や汗を流しながら、バックステップで距離を取った。 僕が「攻めよう」と思えば、奴は「守り」に入る。 僕が「罠を張ろう」と思えば、奴はそれを「回避」するルートを選ぶ。 完璧な均衡。 だが、持久戦になれば不利なのは生身の僕だ。 向こうは無限のマナを持つ機械じかけの影。疲労もしない。
「……レイン! 押されてる!」
遠くで見ていたエリルが叫び、援護しようと短剣を構える。
「手出しするな! 殺されるぞ!」
僕は叫んだ。 このドッペルゲンガーは、僕の能力をコピーしている。 つまり、エリルの動きの癖も、セリアの魔法の弱点も、僕の知識にある限り全て知っている。 下手に介入すれば、その瞬間に最適解の反撃を受けて即死する。
(どうする? ……どうすれば崩せる?)
脳が焼き切れそうだ。 数千、数万のシミュレーションを瞬時に行う。 Aプラン、Bプラン、Cプラン……。 どれを選んでも、勝率は50%。完全な五分五分。 なぜなら、僕が思いつく作戦は、奴も同時に思いつくからだ。
「……ハァ、ハァ……」
息が上がる。 目の前の偽物は、涼しい顔で銃を構えている。 その瞳の奥で、無数のデータが流れているのが見える。
『詰ミデス。……降伏ヲ推奨シマス』
機械的な挑発。 僕は歯を食いしばり、その完璧すぎる立ち振る舞いを見つめた。 完璧。そう、完璧なのだ。 論理的で、無駄がなく、最も効率的な動き。 それが僕の強みであり、そして今の「限界」だ。
ふと、滝行でのゲンサイ師匠の言葉が蘇る。
『お主の殺気は、計算されすぎておる』 『思考する隙間が命取りじゃ』
僕はハッとした。 僕が負けている(引き分けている)原因。 それは、僕が「考えている」からだ。 【並列思考】という最強の武器が、今は僕の行動を「論理の枠」に閉じ込め、相手に予測可能な未来を与えてしまっている。
(……皮肉なもんだ。賢くなればなるほど、馬鹿を見るなんて)
僕は銃を下ろした。 そして、深く息を吐き出した。
『……? 攻撃放棄ト判断。……排除シマス』
ドッペルゲンガーが踏み込んでくる。 速い。 僕の思考が「迎撃しろ」と叫ぶ。 「回避しろ」「障壁を張れ」「カウンターを合わせろ」。 脳内に溢れる無数の最適解。
(……うるさい)
僕は脳内のスイッチに手をかけた。 今まで一度も切ったことのない、僕の生命線。
スキル【並列思考】――強制停止。
プツン。 頭の中のノイズが消えた。 視界から予測線が消え、静寂が訪れる。 怖い。 丸裸で戦場に立つような恐怖。 だが、不思議と体は軽かった。
(考えるな。……感じろ。委ねろ)
風の音。 地面の揺れ。 そして、目の前から迫る「殺気」の波。
奴が銃を構える。 僕の論理では「右に避ける」のが正解だ。 だから奴も、僕が右に避けることを予測して、右へ偏差射撃をするはずだ。
だから、僕は――。
「……倒れる(・・・)」
避けるのではない。 足の力を抜き、ただ重力に従って、泥のように地面へ倒れ込む。 論理的ではない。無様で、非効率な動き。
ズドンッ!!
頭上を、熱線が通過した。 右へ避けていたら、直撃していた軌道。
『……!? エラー。行動予測ト不一致』
ドッペルゲンガーの動きが一瞬、硬直した。 奴の演算の中に、「無様に転ぶ」という選択肢はなかったのだ。 そのコンマ数秒の隙。 思考するより早く、僕の体は動いていた。 地面を転がりながら、銃ではなく、足元の「砂」を蹴り上げる。
ザッ!
目くらまし。 子供の喧嘩のような泥臭い一手。 だが、機械知性である奴は、砂粒の一つ一つまで脅威判定してしまい、処理落ちを起こした。
「……見えた」
僕は立ち上がり、懐に飛び込んだ。 思考はない。 ただ、体が勝手に「勝利」への道筋をなぞる。 これが、無我の境地。




