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【第83話:刃を拒む時代、二度呼ばれた魂】

庵の囲炉裏で、薪がパチパチと爆ぜる音が響く。 ゲンサイ師匠が淹れてくれた茶は、渋くて、どこか鉄の味がした。


「……あやつ、カズヤがこの里に落ちてきたのは、半年前のことじゃ」


師匠は湯呑みを見つめながら、ぽつりと語り始めた。


「空が割れ、黒い雷と共に禁足地に落ちてきた。……機神の『左腕』が放つ波動に引かれたのじゃろう。あやつもまた、お主と同じ『異界の魂』じゃった」


「半年前……」


僕が王都で彼に会ったのは数週間前だ。 つまり、彼は僕たちが知るよりも前に、この世界に来ていたことになる。


「あやつの故郷……『ニホン』という国では、剣は不要な物だそうじゃな」


師匠の言葉に、僕は頷いた。


「ええ。法治国家ですから。暴力は法律で管理され、剣は美術品かスポーツの道具でしかない」 「そうか。……ならばあやつにとって、そこは『牢獄』じゃったろう」


師匠は寂しげに目を細めた。


「あやつは天才すぎた。……剣を持たせれば、教える前に『斬る理屈』を理解しておった。だが、その才能を使う場所がなかった。……抑圧され、否定され、ただの危険因子として扱われる日々。あやつは言っておったよ。『俺は生まれる時代を間違えた』とな」


想像できる。 現代日本で「人を斬る才能」を持って生まれることが、どれほどの悲劇か。 彼は狂人ではない。ただ、機能スペックと環境(OS)が致命的に噛み合わなかったバグだ。 だから、この世界に来た時、彼は歓喜したはずだ。 ここでは、力が正義であり、剣が言葉になるからだ。


「……師匠。一つ解せないことがあります」


僕は疑問を口にした。


「カズヤが半年前からここにいたなら、なぜ『星詠み祭』の夜、王都の召喚陣から現れたんです? ……教団は『異世界から召喚する』と言っていましたが」


「……あやつらは嘘をついたのじゃよ」


ゲンサイ師匠が、憎々しげに吐き捨てた。


「教団は最初から知っておったのじゃ。……東の果てに、極めて強力な『機神適合者』が現れたことをな」


「適合者……!」


「うむ。だが、この里は結界で守られており、手出しができん。……だから奴らは、王都の地下にある巨大な魔力炉と、全校生徒のマナを利用して、大規模な『転移術式』を組んだ」


点と点が繋がった。 あの儀式は、「異世界からランダムに召喚する」ものではなかった。 既にこの世界に存在し、座標が特定されていたカズヤを、無理やり王都へと引きずり込むための**『強制転送(拉致)』**だったのだ。


師匠は僕を見た。


「レインよ。あやつは『心』を持たぬと言ったが……それは、誰かが与えてやらねばならなかったものじゃ。ワシにはそれができんかった」


師匠は頭を下げた。


「頼む。……あやつの剣を折ってくれ。そして、もし可能なら……あやつに『生きる場所』を教えてやってくれんか。剣を振るう以外にも、道はあるのだと」


重い願いだ。 カズヤは僕の同郷人であり、最強のライバルであり、そして被害者でもある。 彼を止めるには、殺すか、あるいは彼以上の「理屈」でねじ伏せるしかない。


「……約束はできません。向こうが殺す気なら、僕も全力で潰します」


僕は冷徹に答えた。 だが、その後に付け加えた。


「でも……僕のクラス(Sクラス)には、変な奴らが沢山います。居場所のない連中の掃き溜めです。……もし彼が剣を置く気になったら、席くらいは用意してやりますよ」


「……カッカッ。そうか、それは良い」


ゲンサイ師匠は満足げに笑った。


「さて、話は済んだ。……行くがよい、禁足地へ。今の『無』のお主なら、あの盾も道を開けるじゃろう」


僕たちは立ち上がった。 カズヤの過去を知り、教団の卑劣さを再確認した。 やるべきことは明確だ。 まずはパーツを手に入れ、戦力を整える。 そして、カズヤを――僕たちの流儀で「攻略」する。


「行こう、エリル」 「ん。……負けない」


僕たちは庵を出て、山頂のさらに奥、雷雲渦巻く禁足地へと向かった。 そこで待つのは、機神の左腕。 絶対防御の盾。 僕の**【マナ・カモフラージュ】**が、真価を発揮する時だ。

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