【第78話:秘伝の巻物】
屋敷の地下深く。 カビと油の混じった匂いが漂う通路を、エリルとイズナは音もなく進んでいた。 突き当たりには、分厚い鉄の扉。 イズナが髪留めから取り出した針金のような道具で鍵穴を弄ると、カチャリと軽い音がして解錠された。
「……開いたよ。ちょろいもんさ」
イズナが扉を押し開ける。 中は広大な宝物庫だった。 金銀財宝、異国の美術品、そして違法な魔導具が所狭しと並んでいる。 その最奥の祭壇に、古ぼけた一本の「巻物」が鎮座していた。
「あった……! あたしの里の秘伝書だ!」
イズナが駆け寄ろうとする。 だが、エリルの手がそれを制した。
「……待って。何かいる」
エリルの視線が、祭壇の脇に向けられる。 そこには、古びた武者鎧が飾られていた。 中身はないはずだ。だが、その鎧の関節部分には、複雑な歯車とバネが組み込まれている。
ギギギ……。 鎧が震え、兜の奥で赤い光が灯った。
【機巧武者】 動力:ゼンマイ式魔石駆動 武装:対魔術装甲刀 状態:侵入者検知、排除モード
「カラクリ人形か! 厄介だね、こいつは『音』に反応する!」 「……壊す」
エリルが短剣を抜く。 カラクリ武者が抜刀する。その動きは機械的だが、人間には不可能な関節可動域で、死角から刃を振るってくる。 ヒュンッ! 風切り音。 エリルは床を滑るように回避し、懐に飛び込む。
「……硬い」
短剣で斬りつけるが、特殊な繊維で編まれた鎧は刃を通さない。 しかも、金属音を立てれば、それが増援を呼ぶ合図になるかもしれない。
(関節……歯車……)
エリルは冷静に観察する。 敵の動きの源。 脇の下。膝裏。首の隙間。 そこに見える、微細な駆動ギア。
「……そこ」
エリルは持っていた予備のナイフを、あえて「敵の刃」に向かって投げた。 ガキンッ! 弾かれたナイフが回転し、カラクリ武者の脇の隙間に吸い込まれる。 ガガガッ……! ギアに異物が噛み込み、武者の右腕が変な方向へ曲がって停止した。
「今だ!」
イズナが飛び出し、動かなくなった右腕を踏み台にして、武者の兜を蹴り飛ばす。 ポーンと首が飛び、胴体がガシャンと崩れ落ちた。
「……ふぅ。やるじゃないか」 「……ん。回収」
二人は祭壇へ走り、巻物を手に取った。 その瞬間。
ウゥゥゥゥゥゥ――ッ!!
宝物庫全体が赤く点滅し、耳をつんざく警報音が鳴り響いた。 重量感知式の罠だ。
「チッ、ゴウヨクの野郎! 罠を二重にしてやがったか!」 「……逃げる。レインが合図を待ってる」
エリルは巻物をイズナに預け、天井を見上げた。 隠密は終わりだ。 ここからは、強行突破の時間だ。
***
同時刻。一階「月の間」。 警報音が屋敷中に響き渡ると同時に、ゴウヨクの顔色が変わった。
「な、なんだ!? 宝物庫が……まさか貴様ら!」
ゴウヨクが立ち上がり、扇子を振り下ろす。 背後の用心棒たちが一斉に武器を構えた。
「殺せ! こいつらは客じゃない、ドブネズミだ!」
殺気が膨れ上がる。 だが、僕は慌てず騒がず、一口だけ残っていたお茶を飲み干し、カップを置いた。
「……ちなみにゴウヨク殿。この茶、痺れ薬が入っていただろう?」 「なッ……なぜ平気な顔をしておる!?」 「残念ながら、僕の胃袋はSクラス(エリス)のカレーで鍛えられていてね。……こんな安物じゃ腹も壊さない」
僕はニヤリと笑い、懐から**【雷神の槍・改】**(ハンドガンモード)を抜き放った。
「交渉決裂だ。……商品は頂いていくぞ!」
「やっちまえ! ガル!」 「応ォッ! 接客(暴れる)の時間だァァッ!」
ガルがタキシードを筋肉で弾け飛ばし(高いのに!)、上着を脱ぎ捨てた。 彼は近くにあった座卓を片手で持ち上げ、用心棒たちに向かってフリスビーのように投げつけた。
ドゴォッ!! 座卓が砕け散り、用心棒たちが吹き飛ぶ。
「セリア、天井だ! 穴を開けろ!」 「お任せを! 【重力昇華】!」
セリアが杖を突き上げる。 魔力阻害結界の中でも、彼女の演算能力は健在だ。 局所的な重力反転。 バリバリバリッ! 天井板がめくれ上がり、二階、そして屋根裏への直通ルートが開通する。
「レイン!」
穴からエリルとイズナが飛び降りてきた。 手にはしっかりと、古びた巻物が握られている。
「回収完了! ずらかるよ!」 「よし! ……Sクラス、総員退避!」
僕たちは呆然とするゴウヨクを尻目に、庭へと飛び出した。 庭には50人の浪人が待ち構えている。 だが、彼らの足元が急に泥沼のように沈んだ。
「な、なんだこれ!? 足が……!」 『……うふふ、私の可愛い子たちが、足を引っ張ってるわ……』
庭の植え込みから、エリス(幽体)が顔を出して手を振る。 死霊たちの足止めだ。
「邪魔だァァッ!」
ガルが先頭を走り、浪人たちをボウリングのピンのように弾き飛ばしていく。 僕とセリアが後方から援護射撃を行い、エリルとイズナが左右を警戒する。 完璧な布陣。
「待てェッ! 逃がすか!」
屋敷から新選組の隊士たちも飛び出してくるが、僕たちは既に塀を越え、夜の闇へと消えていた。
「……あばよ、悪徳商人。いい取引だったぜ」
僕は背後で騒ぎになる屋敷を見下ろし、指鉄砲を撃つ真似をした。 オリハルコンの欠片は回収済みだ。 手に入れたのは、秘伝の巻物と、ゴウヨクの悪事の証拠(帳簿もついでに盗んできた)。 そして、イズナという頼もしい仲間。
「……ハハッ、最高だねあんたたち! まさか本当にゴウヨクの鼻をあかすとは!」
走りながら、イズナが快活に笑う。 彼女は狐面を外し、僕たちに向かってウィンクした。
「気に入ったよ。……約束通り、『天狗の隠れ里』へ案内してやる。ついてきな!」
港町の夜風が心地よい。 僕たちは追っ手を撒き、次なる目的地――機神の左腕が眠る、深山幽谷の里へと向かう。




