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【第77話:屋根裏の足音】

夜。 港町を見下ろす高台に建つ、豪商ゴウヨクの屋敷は、無数の提灯と魔導ランプで不夜城のように輝いていた。 正門には、強面の浪人たちが目を光らせ、招待客のボディチェックを行っている。


そこへ、一台の豪華な馬車(セリアが公爵家の経費でレンタルした)が横付けされた。


「……ふん。随分と『東洋的』な趣味の屋敷だな」


馬車から降り立ったのは、仕立ての良いスーツに身を包み、金髪のウィッグをつけた僕――レインだ。 設定は「西方から来た、世間知らずの大貴族」。 傲慢で、金払いが良く、そして少し抜けているボンボンを演じる。


「あら、レイン様。ワノクニには『わびさび』という言葉がありますのよ? ほら、あの提灯の並び……絶妙に趣味が悪くて素敵ですわ!」


続いて降りてきたのは、扇子で口元を隠し、煌びやかなドレスを纏ったセリア。 彼女の演技力(というか地)は完璧だ。 そして、その後ろには――。


「……ぬん」


はち切れんばかりの筋肉をタキシードに押し込んだ、ガルが仁王立ちしている。 サングラスをかけ、無言の圧力を放つボディーガード役だ。 ちなみに、エリスは既に「死霊化(幽体離脱に近い状態)」して屋敷の周囲に潜んでいる。


「よ、ようこそおいで下さいました! 西方の貴族様とお見受けします!」


屋敷の執事が、揉み手で近づいてくる。 僕たちの身なり(と、セリアがわざと見せびらかした宝石)を見て、完全に「上客」だと判断したようだ。


「ゴウヨク殿に商談を申し入れたい。……面白い『手土産』を持ってきたのでね」 「はっ、伺っております! どうぞ奥の『月の間』へ!」


僕たちは案内され、屋敷の中へと足を踏み入れた。 敷居を跨いだ瞬間、肌にピリッとした違和感が走る。


(……来たな。魔力阻害結界だ)


空気が重い。体内のマナの循環が、泥の中を歩くように鈍くなる。 この中では、大規模な魔法や高速詠唱は不可能だ。 だが、想定内。 僕とセリアは顔色一つ変えず、悠然と廊下を進んだ。


***


通されたのは、屋敷の最奥にある豪華な和室だった。 床の間には高そうな掛け軸や壺が並び、中央には金箔を貼った座卓が置かれている。 その上座に、一人の男が座っていた。 恰幅の良い体躯に、上質な着物。 細い目を三日月のように歪め、キセルを吹かしている。 豪商、ゴウヨクだ。


「フォッフォッフォ……。遠路はるばる、ようこそお越しやす」


ゴウヨクは立ち上がることもなく、手招きした。 その背後には、二人の凄腕と思われる用心棒が控えている。 一人は巨漢の僧兵。もう一人は痩せぎすの剣客。 どちらも「気」の練度が高い。


「お初にお目にかかる。レイン・ルイスだ」 「ゴウヨクでございます。……さて、オークションの前に『特別な商談』があるとか?」


ゴウヨクの目が、値踏みするように僕を見る。 ただの成金じゃない。 僕の一挙手一投足から、真意を探ろうとする古狸の目だ。


「ああ。単刀直入に言おう。……我々は希少金属レアメタルを探している」


僕は懐から、布に包まれた「オリハルコンの欠片」を取り出し、座卓の上にコトリと置いた。 布を開く。 鈍い銀色の輝きが、和室の照明を反射して妖しく光る。


「……ほう」


ゴウヨクの目が釘付けになった。 さすが収集家だ。一目でその価値を見抜いたらしい。


「こいつは……ミスリルじゃありまへんな。もっと硬く、重く、そして美しい……」 「『神の金属』だ。……ヴォルカの火山で採掘された、純度100%の原石だよ」


嘘は言っていない。 ゴウヨクが震える手で欠片に触れようとする。


「これを譲っていただきたい、と?」 「いや。これは見本だ。……私の国には、これと同じものが山ほどある」


僕はニヤリと笑い、背後のガルを指差した。


「私が欲しいのは、ワノクニの『古美術品』だ。特に、曰く付きの巻物や、呪われた武具などが好物でね。……この金属との『交換』なら、応じてもいい」


餌は撒いた。 ゴウヨクの欲望が膨れ上がるのが分かる。 この金属があれば、幕府への献上品としても、自身のコレクションとしても最高級だ。 彼の意識が、目の前の「銀色」に集中する。


(今だ。……行け、チームB)


僕は扇子を開き、口元を隠して合図を送った。


***


同時刻。屋敷の屋根裏。 天井板一枚を隔てた真上の空間を、二つの影が滑るように移動していた。


「……商談、始まったね」


狐面をつけたイズナが、指先だけで会話ハンドサインを送る。 その隣で、黒装束のエリルが無言で頷く。 下の部屋からは、レインとゴウヨクの話し声が微かに聞こえてくる。 注目が集まっている今が、最大のチャンスだ。


「……警備、多い」


エリルが視線を巡らせる。 屋根裏のはりの上には、張り巡らされた「鳴子(侵入者検知の罠)」と、暗闇に同化して待ち構える「御庭番おにわばん」たちの気配があった。 ざっと5人。 全員が気配を殺し、殺気を消しているプロだ。


(……音を立てれば、即座に下の商談が破綻する)


イズナが目配せをする。 『殺らずに抜けるよ』。 エリルが短剣を逆手に持ち替え、頷く。 『……ん。影になる』。


イズナが懐から取り出したのは、小さなまゆのような道具。 彼女がそれを指で弾くと、音もなく煙が広がり、屋根裏の闇をさらに濃くした。 特殊な幻術煙幕。


「……!」


潜んでいた御庭番たちが、視界を奪われて僅かに動揺する。 その一瞬の隙間。 エリルとイズナは、風のように梁を駆け抜けた。 御庭番の鼻先数センチを、音もなくすり抜ける。 刃を交えることすらリスクとなる極限の隠密行。


目指すは、屋敷の構造図にあった「隠し階段」。 そこから地下宝物庫へ直通しているはずだ。


「……抜けた」


煙の向こう側へたどり着き、エリルが小さく息を吐く。 背後では、御庭番たちがまだ何かを探して警戒を続けている。 完璧なスルーだ。


「やるじゃないか、嬢ちゃん。……異人の忍びにしては上出来だ」 「……お喋りは後。行くよ」


二人は床板を外し、地下へと続く狭い空洞へと身を躍らせた。 表の商談が時間稼ぎをしてくれている間に、宝物庫の鍵を開け、巻物を奪取する。 タイムリミットは、商談が終わるまで。


そして、広間ではゴウヨクが、欲にまみれた笑顔でレインの手を握ろうとしていた。


「フォッフォッフォ……! 良いでしょう、そのお話、乗らせていただきます! さあ、別室にて詳しい契約を……」


網にかかった。 だが、僕たちの目的は契約ではない。 この屋敷の「お宝」を、根こそぎ頂くことだ。

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