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【第76話:鼠の王宮】

「……ここだよ。頭をぶつけないようにね」


地下水路の突き当たり。イズナが壁の煉瓦を特定の手順で押し込むと、ゴゴゴ……と鈍い音を立てて壁が回転した。 その先には、意外にも乾燥した小部屋が広がっていた。 粗末な畳と、盗品と思われる高級な家具が乱雑に置かれた、奇妙な空間。 イズナのアジトだ。


「うぇぇ……やっと臭いから解放されましたわ……」 「……暗い。落ち着く」


セリアが扇子で鼻をあおいだり、エリスが部屋の隅の陰気な壺を撫でたりと、Sクラスの面々は勝手にくつろぎ始める。 僕は部屋の中央にある卓袱台(ちゃぶ台)に地図を広げ、イズナに向き直った。


「さて、本題だ。……その『巻物』っていうのは、そんなに重要なものなのか?」 「ああ。あたしの里に伝わる秘伝書さ。……『天狗の隠れ里』への結界を解くための術式が書かれている」


イズナが急須で茶を淹れながら答える。


「あんたたちが探してる『機神の左腕』は、その里の奥にある禁足地に封印されてるんだ。巻物がなけりゃ、たどり着く前に結界の雷で黒焦げさ」 「なるほど。つまり、必須アイテムってわけか」


僕は頷いた。 力ずくで結界を破れば、中のパーツごと壊れる可能性がある。正規の手順で解くのが賢明だ。


「で、その巻物は今どこに?」 「……ここさ」


イズナが地図上の一点を指差した。 港町を見下ろす高台にある、広大な屋敷。


【豪商・ゴウヨクの屋敷】


「ゴウヨク。表向きは貿易商だが、裏では密輸、人身売買、なんでもござれの古狸だよ。……新選組にも賄賂を流して、好き放題やってる」 「分かりやすい悪党だな」 「奴は骨董品マニアでね。あたしの里が焼かれた時、どさくさに紛れて巻物を持ち去ったんだ。……屋敷の地下にある『宝物庫』に隠してるはずさ」


「警備は?」 「ガチガチだよ。庭には浪人の用心棒が50人。屋敷全体には、異国の魔術師対策として『魔力阻害の結界』が張られている。……魔法使いのあんたたちには相性が悪いね」


魔力阻害。 ヴォルカの火山と同じく、僕やセリアの火力が制限される環境か。 正面からカチ込めば、数で押し切られる可能性がある。


「……なら、搦めからめてで行くぞ」


僕はニヤリと笑い、作戦を提案した。


「陽動と潜入の二手に分かれる。……ゴウヨクは『珍しいもの』が好きと言ったな?」 「ああ。金に糸目はつけない収集家だよ」 「なら、餌をやろう。……飛び切り極上のやつをな」


僕は懐から、ヴォルカで拾ったオリハルコンの欠片(レールガン加工時の余り)を取り出し、卓袱台に転がした。 鈍く、しかし異様な存在感を放つ銀色の金属片。


「こいつをネタに、正面から商談を持ちかける」


僕はメンバーを見渡した。


【作戦名:悪徳商人討伐】


チームA:陽動班


レイン&セリア: 西方から来た大貴族と、その付き人。


ガル: 異国の用心棒。


役割: ゴウヨクに商談を持ちかけ、オリハルコンを見せびらかして注意を引きつける。屋敷の警備を広間に集中させる。


チームB:潜入班


エリル&イズナ: 隠密部隊。


役割: 商談の裏で屋根裏から侵入し、地下宝物庫へ向かう。巻物を回収し、脱出経路を確保する。


サポート:


エリス: 死霊を使った監視と、脱出時の混乱ポルターガイスト誘発。


「……あたしと、この無口な嬢ちゃん(エリル)で組むのかい?」


イズナがエリルを見て、少し面白そうに口角を上げた。 エリルは無表情のまま、短剣の柄を撫でた。


「……足手まといなら、置いていく」 「ハッ、言うじゃないか。忍びの技、見せてやるよ」


バチバチと火花が散る。 だが、互いに実力は認めているようだ。この二人なら、どんな警備網もすり抜けられる。


「セリア、衣装はあるか?」 「もちろんですわ! 潜入任務用に、とっておきのドレスと変装セットがあります!」 「ガル、お前は……服を着ろ。スーツだ」 「窮屈だ! 筋肉が窒息する!」


文句を言うガルを無視し、僕は作戦の最終確認を行った。


「決行は明日の夜。……ゴウヨクが主催する『闇オークション』の日だ」


外部の人間が出入りするその時こそ、警備の穴が生まれる。 そして、派手な騒ぎを起こすには絶好の舞台だ。


「巻物を取り返し、ついでに奴の悪事の証拠も掴む。……この国での足場を固めるぞ」


「了解ですわ!」 「応ッ!」 「……ん」


イズナが僕たちを見て、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに呟いた。


「……とんだ連中を拾っちまったねぇ。いいよ、乗った。あたしの『復讐』に付き合ってもらう」


地下のアジトで、悪巧みの笑い声が響く。 異国の地での最初の大仕事。 悪徳商人の館を、Sクラスの遊び場に変えてやる。

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