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【第75話:狐の取引】

異国の宿屋「藤屋」。 畳と布団という未知の文化に戸惑うSクラスの面々をよそに、僕は部屋の隅で、エリルと共に警戒を続けていた。 あの昼間の辻斬り騒ぎ以降、宿の外には常に複数の「気配」が張り付いている。 監視されている。


「……レイン。囲まれてる」 「ああ。だが、手出しはしてこない。……誰かの指示を待っているのか、あるいは『別の獲物』を狙っているのか」


僕が茶を啜った、その瞬間だった。 天井裏で、トンッ……という微かな音がした。 ネズミではない。体重のある何かが、はりに着地した音。


「……上!」


エリルが短剣を投げる。 ヒュンッ! 天井板を貫き、屋根裏へと吸い込まれる刃。 だが、悲鳴も血飛沫も上がらない。 代わりに、天井の一部がクルリと回転し、そこから一人の少女が音もなく部屋の中に落下してきた。


「――危ないねぇ。挨拶代わりにしては、殺意が高すぎるよ」


昼間に見かけた、狐の面をつけた小柄な少女だ。 忍装束。背中には小太刀。 彼女は畳の上に着地するなり、僕たち全員に囲まれている状況でも、余裕たっぷりに肩をすくめた。


「……何者だ」 「通りすがりの親切な狐さ。……と言いたいところだけど」


少女は狐面を少しずらし、口元だけを露わにした。 ニヤリと笑うその唇は魅力的だが、獣のような犬歯が覗いている。


「あんたたち、『機神カラクリ』のパーツを探してるんだろ?」 「……盗み聞きか」 「忍び(シノビ)の基本さ。……あたしはイズナ。この国の『影』で生きる者だよ」


イズナと名乗った少女は、懐から一枚の古ぼけた地図を取り出し、畳の上に放った。 そこには、ワノクニの全土と、いくつか印がつけられた場所が描かれている。


「あんたたちが探してる『左腕(盾)』がある場所は知ってる。……『天狗の隠れ里』の奥にある禁足地だ」 「案内してくれるのか?」 「タダじゃ無理だね。そこは結界で守られてるし、あたしみたいな『抜け忍』が近づけば、里の連中にハチの巣にされる」


彼女は僕の目を見た。 取引の目だ。


「あたしを雇いな。……あんたたちの『火力』と『金』、そしてその奇妙な術。あたしにはそれが必要なんだ」 「目的は?」 「……幕府クニへの復讐と、奪われた『巻物』の奪還さ」


彼女の瞳に、暗い炎が宿る。 事情は知らないが、彼女もまた、この国のシステムからはじき出されたアウトローらしい。 僕たちと相性は悪くない。


「……信用できない」


エリルが低い声で割り込む。 彼女はイズナに対して、同族(裏社会の人間)特有の嫌悪感と対抗心を抱いているようだ。


「お前からは、嘘の匂いがする」 「おや、鼻が利くねぇ。……でも、今は嘘をついてる場合じゃないよ」


イズナが耳をすませる仕草をする。


「……聞こえるかい? 追っ手のお出ましだ」


ドカドカドカッ!! 宿屋の階段を駆け上がってくる、荒々しい足音。 そして、部屋のふすまが乱暴に開け放たれた。


「――御用だ! 神聖なワノクニを乱す異人ども! 大人しくお縄につけ!」


現れたのは、「誠」の文字が入った羽織を着た武士集団。 【新選組・討伐隊】。 この国の治安維持部隊だ。 彼らは抜刀し、殺気を隠そうともせずに踏み込んできた。


「おい、そこの狐女! 貴様もだ! 抜け忍イズナ、ここで年貢の納め時と思え!」 「……チッ、見つかるのが早いねぇ」


イズナが舌打ちをする。 どうやら、彼女を追っていた部隊と、僕たちを監視していた部隊が合流したらしい。 完全に巻き添えだ。


「おいコラァ! 夜中に騒ぐな! 筋肉の超回復ゴールデンタイムだぞ!」


寝ていたガルが飛び起き、ふんどし一丁で仁王立ちする。 その異様な姿に、新選組の隊士たちが一瞬ギョッとする。


「な、なんだこの化け物は!?」 「化け物じゃねぇ! ボディビルダーだ!」


混沌とする室内。 僕はため息をつき、**【雷神の槍】**のグリップを握った。 話し合いで解決する段階は過ぎている。


「……イズナ、だったな」 「ん?」 「取引成立だ。……この包囲網を抜ける手引きをしろ。その実力を見せれば、雇ってやる」


僕の言葉に、イズナは狐面の奥で目を細めた。


「……交渉成立だ。ついてきな、旦那!」


イズナが懐から煙玉を取り出し、床に叩きつけた。 ボンッ! 紫色の煙が部屋に充満する。


「煙幕か! 窓だ! 窓から逃げるぞ!」 「馬鹿め、窓の外には弓隊が待機している!」


隊長格の男が叫ぶ。 だが、イズナが指差したのは窓ではなかった。 床だ。 彼女は畳を一枚剥がし、その下にある床板を蹴り抜いた。


「こっちだ! 床下から水路へ抜ける!」 「……ネズミの道か。悪くない」


僕たちは煙に紛れ、床下の闇へと滑り込んだ。 狭く、湿った床下。 だが、イズナは迷うことなく進んでいく。


「こっちだ。……足音を消しな。上の連中は『気』で足音を探知する」 「……言われなくても」


エリルが無音で続く。 ガルとセリア、エリスには、僕が**【消音魔法サイレント】**をかけた。


「……へえ。便利な術だね」


イズナが感心したように振り返る。 そのまま数分進むと、床下の空気が変わり、水の流れる音が聞こえてきた。 街の地下を流れる水路だ。


「ここなら『気』の探知も水流で誤魔化せる。……とりあえず、あたしのアジトまで案内するよ」


イズナは水路の縁に立ち、僕たちを見回した。


「あんたたち、ただの異人じゃないね? あの新選組の気迫を受けても、眉一つ動かさなかった」 「修羅場はくぐり抜けてきたんでね」


僕は泥だらけの顔を拭い、ニヤリと笑った。


「それに、僕たちは『喧嘩』をしに来たんだ。……売られた喧嘩を買うのは、礼儀だろ?」


「……ハハッ、気に入ったよ」


イズナは狐面を外し、腰に差した。 その素顔は、勝気そうな瞳と、そばかすのある少女の顔だった。 彼女は僕に手を差し出した。


「改めてよろしく、旦那。……あたしら『はぐれ者』同士、仲良くやろうじゃないか」


僕はその手を握り返した。 エリルがジト目で睨んでいるが、今は貴重な現地ガイド(兼・共犯者)が必要だ。 こうして、僕たちはワノクニの闇社会へと足を踏み入れた。 機神のパーツと、カズヤの謎。 それらに近づくための、最初の「鍵」を手に入れたのだ。

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