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【第73話:瓦礫の中の握手】

要塞アークが飛び去ってから一週間。 王都アルテッツァは、槌音と魔法の光に包まれていた。


「オラオラァッ! 瓦礫撤去だ! 筋肉が唸るぜぇッ!」


王立魔導学園の校庭。 半壊した正門の柱を、ガルが単身で担ぎ上げ、運搬していた。 重機も顔負けのパワーだ。 その横では、エリスが死霊たちを使役して、散乱したガラス片や細かいゴミを集めている。


「……うふふ、私の可愛い子たちが、綺麗にしてあげる……」


端から見るとポルターガイスト現象だが、効率は凄まじく良い。 そして、校舎の壁面では、セリアが修復部隊(Aクラスの魔導師たち)を指揮していた。


「角度が違いますわ! その術式では強度が足りません! ミーミルの演算データを送りますから、ミクロン単位で修正なさい!」 「は、はいっ! セリア様!」


かつては見下されていたSクラスの面々が、今は復興の最前線で陣頭指揮を執っている。 その光景を、僕は屋上から眺めていた。


「……変われば変わるもんだな」 「ん。……悪くない景色」


隣でリンゴを齧るエリルが同意する。 教団による洗脳が解けた生徒たちは、最初こそ混乱し、自分たちが武器を向けたことに絶望していた。 だが、レオンハルトの演説と、Sクラスの献身的な(そして強引な)復興作業を見て、次第に活気を取り戻していった。


「――レイン君」


屋上のドアが開き、包帯姿の生徒がやってきた。 ランドル・フォン・ベルグ。 かつて僕たちを「平民」と見下し、洗脳されて襲いかかってきたAクラスのリーダー格だ。 彼は僕の前に立つと、深々と頭を下げた。


「……すまなかった。そして、ありがとう」 「頭を上げろよ。君たちは操られていただけだ」 「それでもだ。……君たちが止めてくれなければ、俺たちはレオンハルト様を殺し、この国を滅ぼしていた」


ランドルは顔を上げ、少し照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで言った。


「Sクラス……いや、君たちの強さを認めるよ。これからは、俺たちAクラスも君たちの背中を追わせてもらう」 「……勝手にしろよ。追いつけるものならな」


僕が肩をすくめると、ランドルは初めて爽やかに笑い、握手を求めてきた。 その手は、以前のような柔らかい貴族の手ではなく、瓦礫撤去で豆ができた、男の手だった。


***


一方、王城。 ここでもまた、別の戦いが続いていた。


「――教団関係者の資産凍結、及び地下施設の封鎖完了。……次、東部地区の食料配給の承認を」


執務室。 山積みの書類の塔に囲まれながら、レオンハルトは銀色の義手を凄まじい速度で動かし、次々と決済印を押していた。 目の下のクマが凄まじいが、その瞳にはかつてないほどの力が宿っている。


「無理をするなよ、勇者様。過労で倒れたら笑えないぞ」


窓から侵入した僕を見て、レオンハルトは苦笑した。


「レインか。……君こそ、出発の準備はいいのかい?」 「ああ。セリアが船の改造を終えた。いつでも飛べる」


僕は彼のデスクに、一本の酒瓶――ヴァン先生からの差し入れだ――を置いた。


「……国王陛下の具合は?」 「順調だよ。だが、まだ政務を執れる状態じゃない。……当分は、僕が『摂政』としてこの国を立て直すことになる」


彼は義手を見つめた。 剣を捨て、ペンを握り、国を背負う覚悟。 それは、魔物を倒すよりも遥かに困難で、地味な戦いだ。


「兄さんが壊そうとしたこの国を、僕が治す。……それが、僕なりの償いさ」 「……そうか。なら、僕は遠慮なく外へ行くよ」


僕は窓枠に腰掛けた。


「君が守るこの場所が、僕たちの『帰る場所』だ。……安心して背中を預けられる」 「ああ。行ってこい、レイン。……世界を救うのは、君たちの役目だ」


僕たちは視線を交わした。 言葉はいらない。 それぞれの戦場へ向かう、共犯者たちの無言の約束。


***


そして、出発の朝。 王都の広場には、修理と改造を終えた**【魔導飛行船:シルフィード改】**が停泊していた。 装甲は機神のデータ(一部)を流用して強化され、エンジン出力も倍増している。 見送りには、学園中の生徒と、ギルドの冒険者たちが集まっていた。


「おいクソガキども! 土産話がつまんなかったら承知しねぇぞ!」


ヴァン先生が酒瓶を振る。


「達者でな! 帰ってきたらまた最高の剣を作ってやる!」


わざわざヴォルカから駆けつけてくれたガガン親方。


「レイン様! どうかご武運を!」


ランドルたちAクラスの生徒たち。 そして、王城のバルコニーからは、レオンハルトが静かに手を振っていた。


「……人気者になっちまったな」


僕は苦笑し、タラップを登った。 甲板には、Sクラスのいつものメンバー。 全員、新しい冒険への期待で顔を輝かせている。


「機関始動! 全セクション、オールグリーンですわ!」 「食料よし! 筋肉よし!」 「……お守りの藁人形よし……」 「ん。いつでも」


僕は船首に立ち、振り返ることなく号令をかけた。


抜錨ばつびょう! ……野郎ども、次は世界だ!」


ゴオオオオオッ!! 推進器が青い炎を吹き出し、巨体が浮上する。 遠ざかる王都。 手を振る人々が、豆粒のように小さくなっていく。


僕たちは一つの勝利を収めた。 だが、これはまだ序章に過ぎない。 北へ逃げた教団。 残された機神のパーツ。 そして、異界の剣士との再戦。


「……行くぞ、東の果てへ」


僕は地図を広げた。 最初の目的地は、東の島国。 侍と忍の国、【ワノクニ】。 そこに、機神の【左腕】と、カズヤの強さの秘密があるはずだ。


青い空に、一筋の飛行機雲を描きながら、僕たちの船は東へと加速していった。

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