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【第71話:卑劣なる神の代行者】

レオンハルトは荒い息を吐きながら、義手を握りしめた。 その脳裏に、つい数分前、広場で繰り広げられた死闘の記憶が蘇る。


***


(回想:数分前・王城広場)


異界の剣士カズヤとの一騎打ち。 魔法もスキルも斬り裂く「理外の刃」に対し、レオンハルトは自らの左腕を盾にして刃を受け止め、強引に距離を詰めた。


『……届いたァッ!!』


【機神拳・粉砕アトム・ブレイカー


義手の一撃がカズヤを吹き飛ばし、城壁に叩きつけた。 勝負は決した。 だが、カズヤは笑っていた。


『……カッカッカ。やるじゃねぇか、元勇者』


カズヤは刀を納め、戦場から去っていった。 『中の「黒いの」は俺よりタチが悪いぞ』という言葉を残して。


(……僕は勝った。最強の敵に。……だから、兄さんにも届くはずだ!)


***


回想から戻り、レオンハルトは兄へと歩み寄る。 カズヤとの戦いで得た覚悟。 それは、兄を殺すためではなく、救うための覚悟だ。


「……レオン、ハルト……」


黒騎士――兄が、弟を見上げる。 その瞳から、狂気の光が薄れ、人間らしい色が戻り始めていた。 鎧が壊れたことで、教団による精神支配が緩んだのだ。


「……強くなったな。……俺のような『失敗作』とは違う」 「兄さんは失敗作なんかじゃない!」


レオンハルトは叫び、兄の前に跪いた。 そして、兄の震える手を、自身の生身の左手と、機械の右手で包み込んだ。


「戻ろう、兄さん。……国も、教団もどうでもいい。ただの兄弟に戻ろう」 「……よせ。俺は、国を売った。……お前を殺そうとした」 「なら、僕が一生かけて償う! 君が生きていてくれた、それだけで僕は……!」


涙を流すレオンハルト。 兄の瞳にも、光が宿る。 彼は震える手で、弟の頬に触れようとした。


「……すまなかった。……俺は、ただ……」


和解。 長い因縁が解けようとした、その瞬間だった。


ドォォォォォォンッ!!


玉座の裏から、閃光が奔った。 それは慈悲のない、高密度の光魔法による狙撃。


「……え?」


レオンハルトの目の前で。 兄の胸に、風穴が空いた。 伸ばしかけた手が、力なく垂れ下がる。


「ガ……、は……」 「兄、さん……?」


兄の体が、ぐらりと傾き、レオンハルトの腕の中に崩れ落ちた。 即死だった。 心臓を正確に蒸発させられたのだ。


「オオ、なんと嘆かわしい! 悪魔に魂を売った裏切り者が、最期まで見苦しい!」


玉座の陰から、一人の男が現れた。 豪奢な法衣を纏った老人。 この国の宗教的指導者にして、教団のトップ――教皇だ。 彼は湯気が立つ杖を手に、嘲るように笑っていた。


「教皇……貴様ァッ!!」


僕とSクラスの全員が武器を構える。 だが、教皇は悪びれる様子もない。


「用済みだよ、その男は。……機神のエネルギー充填のための『時間稼ぎ』としては役に立ったが、正気に戻られては困るのだよ。余計なことを喋るからな」 「……そのために、兄さんを……!」


レオンハルトが、亡骸を抱いたまま震えている。 悲しみではない。 どす黒い、純粋な殺意。


「……許さない」


レオンハルトの義手が、暴走寸前まで赤熱する。


「神の代行者だと? ……ふざけるな! 貴様はただの人殺しだ!!」


「フン、吠えるな敗北者ども。……既に『神の心臓』への充填は完了した。我々は約束の地へ旅立つ」


教皇が懐から水晶を取り出し、床に叩きつけた。 転移魔法。 彼の姿が歪み、消えていく。


「待てェェェッ!!」


僕がレールガンを放つが、その弾丸は虚空を切り裂いただけだった。 教皇は消え、玉座の間には静寂と、冷たくなった兄の遺体だけが残された。


「……う、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


レオンハルトの絶叫が、石造りの広間に反響する。 彼は兄を抱きしめ、子供のように泣き叫んだ。 救えたはずだった。 手が届いていたはずだった。 それを、理不尽な悪意によって踏みにじられた。


僕は唇を噛み切り、拳を握りしめた。 黒騎士との決着はついた。 だが、これはハッピーエンドじゃない。 最悪のバッドエンドだ。


「……レイン様」


セリアが、玉座の裏――教皇が現れた場所を指差す。 隠し扉が開いている。 その奥から、地響きのような駆動音が聞こえ始めていた。


「……ああ。行こう」


僕はレオンハルトの肩に手を置いた。 かける言葉が見つからない。 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。


「レオンハルト。……弔いは後だ。今は、奴らを逃がさないことだけを考えろ」 「…………」


レオンハルトはゆっくりと顔を上げた。 その瞳からは、涙が消えていた。 あるのは、氷のように冷たく、鋭い復讐の炎。


「……ああ。行くよ」


彼は兄の目を閉じさせ、床に静かに横たえた。 そして、立ち上がった。


「地獄の果てまで追いかけて……必ず、殺す」

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