【第70話:砕かれた仮面】
王城の大回廊を駆け抜ける。 立ち塞がる近衛騎士たち(彼らもまた洗脳されている)を、ガルが盾で弾き飛ばし、エリルが峰打ちで沈め、セリアが麻痺魔法で無力化していく。 殺さない。けれど、止まらない。 僕たちは雪崩のように突き進み、巨大な両開きの扉を魔力で吹き飛ばした。
「――お邪魔するぞ、不法占拠者ども!」
ズドォォン!! 扉が砕け散り、僕たちは玉座の間へと踏み込んだ。
そこは異様な空間だった。 赤絨毯の先、黄金の玉座には、虚ろな目をした国王が座らされている。 その横には、ニタニタと笑う教団の最高司祭。 そして、玉座を守るように仁王立ちする、漆黒の鎧。 黒騎士だ。
「……遅かったな、ガントの息子」
黒騎士がゆっくりと大剣を構える。 その刀身から溢れる石化の呪いが、床の大理石を黒く変色させていく。
「カズヤ(異界の剣士)はどうした? あの怪物を突破してきたとはな」 「あいつなら、もっと性格の悪い勇者とダンスの最中さ」
僕は**【雷神の槍・改】**を構え、黒騎士に狙いを定めた。
「終わりだ、黒騎士。教団の野望も、機神の悪用も、ここで断ち切る」 「断ち切る? ……笑わせるな」
黒騎士が一歩踏み出す。 ドォン! 床が陥没し、凄まじいプレッシャーがホールを支配する。
「貴様らに何が分かる。……『選ばれなかった者』の絶望が。光の影で泥を啜り、廃棄物として処理される運命が!」
彼の言葉には、単なる敵意以上の、個人的な怨嗟がこもっていた。 僕の**『鑑定』**が、彼のステータスを捉える。
【黒騎士】 Lv. 55(限界突破・呪いによる強化) 状態:精神汚染(憎悪)、肉体崩壊進行中 スキル:【聖剣技(模倣)】、【暗黒剣】
(聖剣技……?)
違和感を覚える暇もなく、黒騎士が消えた。 縮地。 父さんやレオンハルトと同じ、神速の踏み込み。
「死ねェッ!」 「させんッ! 【マッスル・フォートレス】!」
ガルが前に出る。 全身の筋肉を鋼鉄のように硬化させ、タワーシールドを構える。 ガギィィィン!! 大剣と大盾が激突し、火花が散る。 ガルの足が床を削りながら後退する。
「ぐぅぅ……重いッ! こいつ、前より強くなってやがる!」 「力だけじゃない……技術もだ!」
エリルが横から飛びかかり、短剣を突き出す。 だが、黒騎士は剣を振るった勢いのまま体を回転させ、裏拳でエリルを迎撃した。 洗練された動き。 それは、僕がよく知る「あの男」の剣技に酷似していた。
「セリア、援護だ! 奴の足を止めろ!」 「ええ! 【重力鎖】!」
セリアが魔法を放ち、エリスが影で拘束を試みる。 だが、黒騎士は全身からどす黒い魔力を放出し、魔法ごと鎖を引きちぎった。
「無駄だ! その程度の魔術、何度も見てきた!」
強い。 Lv.55という数値以上の、執念めいた強さ。 だが、僕には見えていた。 彼の動きの端々に現れる「焦り」と、肉体の限界が。
(……あいつ、自壊してる)
呪いの力で無理やりステータスを引き上げている代償だ。 長期戦になれば勝手に倒れるかもしれない。 だが、その前に僕たちが全滅する。 なら、一瞬の隙を作って、最大の火力を叩き込むしかない。
「ガル、エリル! 奴の『兜』を狙え!」 「兜だと!?」 「顔を見れば、何かが分かるはずだ!」
僕の勘が告げている。 あいつの正体こそが、この戦いの鍵だと。
「了解だ! ……オラァッ! 筋肉投げ!」
ガルが盾を捨て、黒騎士の大剣を素手で掴みにかかる。 指が切れ、血が飛ぶが、ガルは構わず剣を固定した。
「捕まえたぞォッ!」 「貴様……!」 「エリル、今だ!」
エリルがガルの肩を踏み台にして跳躍する。 彼女は空中できりもみ回転し、踵に全体重と魔力を乗せた。
「……砕けろ」
ドゴォッ!!
エリルの蹴りが、黒騎士の兜の側頭部を直撃する。 ミシミシッ……パリーンッ! 金属音が響き、漆黒のフルフェイス兜が砕け散った。
「ぐ、あぁぁッ……!」
黒騎士がよろめき、素顔を晒す。 その顔を見て、僕たちは息を呑んだ。
「……嘘だろ」
金色の髪。 青い瞳。 それは、レオンハルトと瓜二つだった。 ただし、その顔の半分は醜い火傷の痕で爛れ、瞳には知性的な光ではなく、狂気が宿っていた。
「……兄さん?」
入り口から、信じられないような声が聞こえた。 カズヤとの戦闘を終えたのか、傷だらけのレオンハルトが立っていた。 彼は、目の前の男を見て呆然としていた。
「死んだはずの……兄さんなのか?」
黒騎士――レオンハルトの兄は、歪んだ笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだ。久しぶりだな、レオンハルト。『成功作』の弟よ」
彼は血の混じった唾を吐き捨てた。
「俺は『失敗作』だ。聖剣に選ばれず、才能がないと判断され、教団に廃棄されたゴミだ。……だか、ゴミにも意地はある」
彼は大剣を構え直した。 その全身から、どす黒いオーラが噴き出す。
「俺を捨てた教団も、俺の代わりになったお前も、そしてこの国も! 全て壊してやる! そのために俺は、魂を悪魔(魔王)に売ったんだよォッ!」
悲痛な叫び。 彼は教団の忠実な犬ではなかった。 教団を利用し、世界を滅ぼすことで復讐を果たそうとする、孤独なテロリストだったのだ。
「……兄さん」
レオンハルトが歩み寄ろうとする。 だが、兄は剣を振り上げた。
「来るな! ……俺の復讐の邪魔をするなら、弟だろうが斬り殺す!」
暴走する憎悪。 マナが臨界点を超え、彼の肉体が異形へと変貌し始める。 これ以上は、彼自身が「魔物」になってしまう。
「……レオンハルト。下がってろ」
僕は前に出た。 そして、**【雷神の槍・改】**のセーフティを解除した。
「これは兄弟喧嘩じゃない。……僕たちの未来を懸けた戦争だ」
同情はする。だが、容赦はしない。 彼を止めることができるのは、言葉ではない。 圧倒的な「力」による介錯だけだ。
「Sクラス、総攻撃だ! ……あの亡霊を、眠らせてやれ!」
僕の号令と共に、セリア、ガル、エリス、エリルが一斉に動いた。 そして僕も、最大出力の雷撃を装填する。 悲劇の兄に向けられた、救済の砲口。 王城決戦、クライマックス。




