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【第69話:処刑台の凶刃】

翌朝。 王都の空に、不吉な鐘の音が響き渡った。 街頭の魔導スクリーンに映し出されたのは、王城前の広場に設置された巨大な処刑台。 そこに磔にされている、一人の少女。 レオンハルトの妹、シルヴィアだ。


『――告げる。本日正午、国家反逆者レオンハルトの一族に対し、神の裁きを下す』


司祭の声が無慈悲に告げる。 公開処刑。 見え見えの罠だ。僕たちをおびき出し、一網打尽にするための。


「……行くぞ」


レオンハルトが低い声で言った。 彼の義手が、ギリギリと音を立てて握りしめられている。 怒りで震えているのではない。冷徹な殺意で凍りついているのだ。


「ああ。……派手に暴れてやる」


僕たちはSクラスの教室を出た。 目的地は王城広場。 そこには、あの「黒い学生服の剣士」が待っているはずだ。


***


正午。 広場は、教団に動員された市民と、警備の兵士たちで埋め尽くされていた。 処刑台の上。 シルヴィアの横には、黒騎士と司祭たち。 そして、階段の下には――彼が立っていた。 抜き身の日本刀を下げ、虚ろな瞳で虚空を見つめる少年。


『時間だ。……刑を執行する』


処刑人が斧を振り上げる。 その瞬間。


ズドォォォォォンッ!!


王城の城壁が、内側から爆発した。 瓦礫が降り注ぎ、広場がパニックに包まれる。


「な、なんだ!? 敵襲か!?」 「上だ! 空を見ろ!」


市民が見上げた空。 そこに、巨大な影が浮かんでいた。 **【魔導飛行船:シルフィード号】**だ。 ヴォルカからの帰還時に上空待機させていた船を、セリアが遠隔操作で突っ込ませたのだ。


「……今だッ! 降下!」


船のハッチが開き、僕たちが飛び降りる。 狙うは処刑台。


「お兄ちゃん!」 「シルヴィア! 今助ける!」


レオンハルトが義手から光の刃を展開し、着地と同時に処刑人をなぎ払う。 鎖を断ち切り、妹を抱きかかえる。 救出成功。 ……ここまでは、想定通りだ。


「――来たか、反逆者ども」


冷ややかな声。 処刑台の下から、黒い影が躍り出た。 異界の剣士だ。 彼は混乱する広場の中で、唯一静止していた。 その瞳が、僕とレオンハルトを捉える。


「……排除する」


彼が刀を構えた瞬間、空気が変わった。 殺気が肌を刺す。 前回と同じだ。魔法もスキルも通じない、理外の斬撃が来る。


「レオンハルト、妹を連れて下がれ! ガル、エリル、前衛だ!」 「応ォッ!」 「……ん!」


ガルがタワーシールドを構え、エリルが影に潜む。 だが、剣士は一歩も動かなかった。 ただ、刀を横に薙いだ。


ザンッ……!


遠距離からの斬撃。 真空のかまいたちが飛び、ガルの盾をバターのように切り裂いた。


「なっ……!?」 「盾ごと!? 物理法則はどうなってるんだ!」


ガルが吹き飛ぶ。 エリルが背後に回り込むが、剣士は振り返りもせず、刀の柄でエリルの腹を突いた。 ドゴッ! エリルが咳き込みながら膝をつく。


「……遅い。脆い。話にならない」


剣士は退屈そうに吐き捨て、僕に向かって歩き出した。


「お前だ。……お前から、同族の臭いがする」


彼は僕を「敵」として認識している。 魔法使いである僕を、最も警戒すべき相手として。


「……光栄だな。だが、近づくなよ」


僕は**【雷神の槍・改】**を構えた。 魔法は斬られる。結界も無効化される。 なら、どうする? 答えはシンプルだ。 「斬れないもの」をぶつければいい。


「セリア! 散布スプレッド!」 「はいな! 特製**【チャフ・グレネード】**!」


上空の飛行船から、無数のカプセルが投下された。 パァァァァン! 広場中に、キラキラと輝く微細な粉末が充満する。 ただの煙幕じゃない。 ミスリルとアルミ片を混ぜた、対魔力・対視覚用チャフだ。


「……目くらましか? 無駄だ」


剣士は目を細めることなく、気配だけで僕の位置を特定し、踏み込んだ。 一足飛び。 必殺の間合い。


だが、僕はトリガーを引かなかった。 代わりに、足元のスイッチを踏んだ。


「……かかれッ!」


『重力魔法』――【グラビティ・プレス】


ズズンッ!!


剣士の周囲の重力が、瞬時に10倍に跳ね上がった。 セリアがあらかじめ広場の地下に埋設しておいた、重力魔法陣の起動だ。


「ぐ、お……ッ!?」


剣士の足が止まる。 膝が地面にめり込む。 魔法を斬れる彼も、環境そのもの(重力)までは斬れない。 だが、それでも彼は倒れない。 刀を杖にして耐え、鬼のような形相で僕を睨む。


「魔法使い風情が……小細工を……!」 「小細工こそが知恵だ! ……そして、これがトドメだ!」


僕は固定された標的(彼)に向けて、レールガンの照準を合わせた。 距離、20メートル。 魔法弾じゃない。 装填されているのは、ガガン親方が打った**【オリハルコンの弾丸ソリッド・スラッグ】**。 純粋な質量弾だ。 魔法的な現象(火や氷)なら斬れるかもしれないが、音速で飛来する金属の塊を、人間が斬れるわけがない。


「……吹き飛べ」


発射ファイアッ!!


ズドンッ!!!!


雷鳴。 青い光の筋が、重力に縛られた剣士の胸元へ吸い込まれる。 回避不能。防御不能。


キィィィィン!!


甲高い金属音が響き渡り、火花が散った。 剣士の体が、砲弾の衝撃で後方へ弾き飛ばされる。 処刑台の柱に激突し、瓦礫に埋もれる。


「……やったか?」


僕は銃口から立ち上る煙を払い、息を呑んだ。 直撃したはずだ。 生身の人間なら、上半身が消し飛んでいる威力だ。


だが。 瓦礫の山が動いた。


「……痛いな」


剣士が、ゆっくりと立ち上がった。 その胸元――学生服が破れ、その下の素肌が露わになっている。 そこには、あざ(・・)が出来ていた。 弾丸は? 彼の足元に、ひしゃげたオリハルコンの塊が転がっていた。


「……弾いた、のか?」


戦慄した。 彼は、重力で動きを封じられながらも、音速の弾丸を「刀の腹」で受け流し、衝撃を殺したのだ。 人間じゃない。 反射神経の次元が違う。


「……いい武器だ。だが、線が見えれば斬れる」


剣士が刀を構え直す。 その瞳から、虚ろな色が消え、代わりに爛々と輝く「修羅」の光が宿り始めていた。 洗脳が解けた? いや、戦闘本能が洗脳を上書きしたのか?


「楽しいな。……こっちの世界に来て、初めて『死』を感じたぞ」


彼は笑った。 狂気的な、純粋な武人の笑み。


「……名前は?」 「レインだ」 「俺は……カズヤだ。……レイン、殺し合おうぜ」


カズヤ。 それが彼の名前か。 彼は重力結界を気合い(マナ放出)だけで強引に解除し、再び歩き出した。 レールガンも防がれた。魔法も通じない。 残る手は……。


「……レイン、下がって」


僕の前に、銀色の義手を持つ少年が立った。 レオンハルトだ。 彼は妹を安全な場所に避難させ、戻ってきたのだ。


「奴の相手は僕がする。……一度負けた借りを、返さなきゃならない」 「勝てるのか? 聖剣もないのに」 「聖剣はない。……だが、君がくれた『神の腕』がある」


レオンハルトの義手が駆動音を上げ、変形する。 指先から伸びたのは、青白い光の刃――【機神剣フォトン・ブレード】。 実体を持たない高エネルギー体。 物理的な刀で受ければ、刀身ごと溶断する。


「カズヤ君と言ったね。……君の刀で、この光が斬れるかな?」 「……試してみるか、元勇者」


カズヤが構える。 レオンハルトが踏み込む。 最強の異世界人と、再起した現地勇者。 頂上決戦が始まる。


「レイン、君は奥へ! 黒騎士と教団幹部を叩け!」 「……死ぬなよ!」


僕はレオンハルトに背中を預け、崩壊した処刑台の奥――王城への入り口へと走った。 背後で、光と鋼が激突する轟音が響き渡った。

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