【第67話:学舎の亡霊】
深夜の王立魔導学園。 かつては希望に満ちていた学び舎は、死のような静寂に包まれていた。 校門を警備するのは、警備員でもゴーレムでもない。 純白の制服を着た、生徒たちだ。
「……あれは、Aクラスの」
茂みから様子を伺っていたレオンハルトが息を呑む。 巡回しているのは、成績優秀なエリート生徒たち。 だが、その様子がおかしい。 全員が同じ歩幅、同じリズムで歩いている。 瞳は白く濁り、首筋には不気味な赤い魔法陣が浮かび上がっている。
『鑑定』。
【強化生徒兵】 Lv. 25(薬物・呪術による強制強化) 状態:重度洗脳、痛覚遮断、思考停止 装備:量産型魔導杖
「……酷いな。マナを無理やり活性化させてる。このままだと、数年で廃人だ」
僕が告げると、レオンハルトの義手がギリギリと音を立てた。 彼にとって、生徒たちは守るべき対象だったはずだ。 それが今、教団の捨て駒にされている。
「……行こう。彼らを解放するには、元凶を叩くしかない」 「ああ。だが、殺すなよ? ……気絶させるだけでも骨が折れるぞ」
僕たちは影に紛れ、校内へと侵入した。 目指すは旧校舎。Sクラスの教室だ。 だが、メインストリートを抜けたところで、行く手を阻まれた。
「――発見。排除スル」
立ち塞がったのは、恰幅の良い少年を中心とした5人の生徒兵。 見覚えがある。 入学試験で派手な炎魔法を使っていた、ベルグ家の御曹司ランドルだ。
「ランドル……君か」
レオンハルトが進み出る。 ランドルは虚ろな目で、機械的に杖を向けた。
「生徒会長……レオンハルト……反逆者……排除……」 「違う! 目を覚ませランドル! 君は誇り高き貴族だろう!」
レオンハルトの呼びかけも虚しく、ランドルの杖が赤く発光する。
「【ファイア・ストーム】……出力最大」
ドオオオッ!! 以前とは比較にならない火力の炎が、渦を巻いて襲いかかる。 手加減がない。自分の杖が熱で溶けようとお構いなしだ。
「くっ……!」
レオンハルトが左手の剣(予備の剣だ)で防ごうとするが、炎の勢いに押される。 そこへ、横からガルが飛び込んだ。
「ぬんッ!!」
ガルがタワーシールドで炎を受け止める。 だが、周囲からも魔法弾が雨あられと降り注ぐ。 数が多い。しかも、彼らは死を恐れない特攻兵だ。
「レイン、どうする? ……殺る?」
エリルが短剣を構え、僕を見る。 彼女なら一瞬で急所を突ける。それが一番早くて安全だ。 だが。
「……殺すな。Sクラスの品位に関わる」
僕は首を振った。 ここで彼らを殺せば、僕たちは本当に「反逆者」になってしまう。 それに、レオンハルトに古傷を負わせたくない。
「制圧だ! 手足の一本や二本は構わん! ……気絶するまで殴れ!」 「了解ですわ! ……では、私が開発した『麻痺ガス弾』の実地試験を!」
セリアが不穏な色の小瓶を投げつける。 紫色の煙が広がり、生徒兵たちが激しく咳き込む。 動きが鈍った。
「今だ! やれ!」
「オラァッ! 筋肉式・強制睡眠!」
ガルが突進し、生徒兵二人をまとめて薙ぎ払う。 エリスが影で足を縛り、転倒させる。 エリルが峰打ちで意識を刈り取る。
だが、ランドルだけは倒れなかった。 彼は血を吐きながらも、フラフラと立ち上がり、再び炎を練り上げる。
「排除……排除……!」 「……もういい、ランドル」
レオンハルトが、銀色の右腕を構えて歩み寄る。 悲痛な面持ちではない。 覚悟を決めた、王者の顔だ。
「君の誇りは、僕が預かる。……だから、眠れ」
ランドルが炎を放つ。 レオンハルトはそれを、銀の義手で真正面から掴んだ。
ジュウウウウッ!!
炎が義手を焼く。だが、オリハルコンと機神のエネルギーでコーティングされた腕は、傷一つ付かない。 レオンハルトはそのまま炎を握り潰し、一歩踏み込んだ。
「ッ!!」
銀の拳が、ランドルの鳩尾に深々と突き刺さる。 骨を砕かないギリギリの、しかし内臓を揺らす衝撃。
「が、は……」
ランドルの白目が剥かれ、その体から力が抜ける。 彼が倒れる前に、レオンハルトはその体を優しく支え、地面に横たえた。
「……すまない。必ず、元に戻す」
周囲では、Sクラスの面々が他の生徒兵を全て無力化していた。 誰も殺していない。 だが、校庭にはうめき声と、焦げた臭いが漂っている。 これが戦争だ。
「……行くぞ、レオンハルト」
僕は彼に声をかけた。 彼は一瞬だけランドルの顔を見つめ、すぐに立ち上がった。
「ああ。……急ごう。これ以上、彼らを傷つけさせないために」
僕たちは倒れた生徒たちを背に、旧校舎へと走った。 かつての友を殴り倒して進む道。 その痛みを知った勇者の背中は、以前よりもずっと大きく、そして悲しく見えた。
旧校舎が見えてきた。 そこには、僕たちが作った「お化け屋敷」の残骸が、不気味なシルエットで聳え立っていた。 あそこが、反撃の狼煙を上げるための砦だ。




