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【第66話:銀の義手】

「……始めますわよ。麻酔は使いませんけれど、覚悟はよろしくて?」


地下の隠れ家。 簡易ベッドの周囲に、セリアが何重もの結界と魔法陣を展開していた。 手術台に横たわるレオンハルトは、脂汗を浮かべながらも、力強く頷いた。


「ああ。……痛みで意識が飛んだら、殴ってでも起こしてくれ」 「ふふ、野蛮な注文ですこと。……レイン様、バイタルチェックをお願いします」 「了解。【並列思考】、モニタリング開始」


僕はレオンハルトの枕元に立ち、彼の脈拍、魔力回路、そして精神状態を**『鑑定』**で常時監視する体勢に入った。 エリル、ガル、エリスは入り口で見張りに立っている。 ヴァン先生は、腕組みをして壁に寄りかかり、静かに見守っていた。


接続リンク開始!」


セリアが杖を振るう。 レオンハルトの切断面に押し当てられた**【機神の右腕キューブ】**が、青白く発光する。 キューブが液状化し、無数の細い銀色の触手となって、傷口へと侵入していく。


「ぐ、ウゥゥッ……!!」


レオンハルトが喉を反らし、声にならない悲鳴を上げる。 肉が焼けるような音。 神経一本一本に、異質な金属繊維が絡みつき、強制的に接続されていく。 激痛なんてレベルじゃない。自分の肉体が「別の何か」に書き換えられる恐怖。


『警告。拒絶反応。……宿主ホストのマナ波長と不一致』


僕の脳内に、キューブからのエラーログが流れてくる。 やはり、オリジナルのパーツは人間の体を拒もうとしている。


「適合しませんわ! 出力が強すぎます!」 「ねじ込め! レオンハルト、受け入れろ! 異物だと思うな、それは『お前の腕』だ!」


僕が叫ぶ。 レオンハルトは歯が砕けるほど食いしばり、血走った目で自身の右腕(だった場所)を睨みつけた。


「……ああ、そうだ……! 僕の腕だ……! 言うことを……聞けェッ!!」


彼の身体から、黄金のオーラ――かつての勇者の力が爆発的に溢れ出した。 聖なる光が、侵食してくる銀色の光を包み込む。 拒絶ではない。掌握だ。


『……認証。宿主の意志力を確認。……同調シンクロ率、上昇』


エラー音が消える。 液状化していた銀色の金属が、カシャン、カシャンと音を立てて再構成されていく。 骨格が形成され、人工筋肉が編み込まれ、装甲が覆う。


数分後。 そこには、肩口から指先までが白銀の金属で構成された、美しい「義手」が完成していた。


「……ハァ、ハァ……ッ」


レオンハルトが荒い息を吐きながら、ゆっくりと右手を持ち上げる。 五本の指が、滑らかに動く。 握り拳を作ると、関節の隙間から青いフォトン光が漏れた。


「……動く」 「成功ですわ。神経伝達速度は生身以上。握力は……たぶん、鉄骨くらいなら握りつぶせます」


セリアが汗だくになりながら、満足げに微笑む。 僕はレオンハルトにタオルを投げた。


「おめでとう。人間卒業だ」 「……フッ、君に言われたくないね」


レオンハルトは汗を拭い、起き上がった。 その顔色は悪いが、瞳の奥には以前よりも鋭い光が宿っていた。 失った聖剣の代わりに手に入れた、神殺しの右腕。 彼はその拳を、掌に打ち付けた。


キンッ! 硬質な音が、地下に響き渡る。


***


「さて、作戦会議といこうか」


ヴァン先生が木箱を椅子代わりに座り、地図を広げた。 手術から一時間後。 レオンハルトの体調が安定したのを確認し、僕たちは車座になっていた。


「現状の整理だ。……王都は結界で封鎖され、王城と騎士団は教団の手中。市民は新勇者のプロパガンダに熱狂中」


ヴァン先生が指で王都の地図をなぞる。


「敵の戦力は、新勇者(異界の剣士)、黒騎士、教団幹部、そして数千の聖騎士団。……対してこっちは、Sクラス5人と、元勇者、元処刑人」 「数だけ見れば絶望的だな」


僕が言うと、ガルが鼻を鳴らした。


「数は筋肉でカバーできる! 問題はあの『剣士』だ!」 「ああ。あいつがいる限り、正面突破は不可能だ」


レオンハルトが銀の右腕をさする。 彼の右腕を切り落とした、理外の剣技。 対策なしに挑めば、今度は首が飛ぶ。


「だから、まずは『拠点』を取り戻す」


僕は地図上の北区画――**【王立魔導学園】**を指差した。


「学園は今、教団の監視下にあるが……Sクラスの旧校舎だけは手付かずのはずだ」 「なんで分かるの?」 「エリスの呪いと、ガルの残り香、そしてセリアが仕掛けた防衛システムがあるからな。教団も気味悪がって近づいていない」


僕たちが作った「お化け屋敷」の残骸。 それが今、皮肉にも最強の防壁となって僕たちの城を守っているはずだ。


「まずは学園を奪還し、地下の『機神のミーミル』と再接続する」


僕はセリアを見た。


「ミーミルを使えば、学園全体の結界を制御できる。……学園を『要塞化』して、教団の包囲網を食い破るんだ」 「なるほど。拠点防衛タワーディフェンスに持ち込んで、敵の戦力を分散させる作戦ですわね」 「その隙に、少数精鋭で王城へ潜入し、新勇者と人質(レオンハルトの妹)を確保する」


二段構えの作戦。 1.学園奪還と要塞化による陽動。 2.手薄になった王城への本丸奇襲。


「……いいだろう。乗ったぜ」


ヴァン先生がニヤリと笑う。


「学園のガキどもが洗脳されてんのも胸糞悪いからな。……全員叩き起こしてやる」 「僕も異論はない。……この右腕の使い道、試させてもらうよ」


レオンハルトが立ち上がる。 Sクラスの面々も、武器を点検し始めた。


「よし。決行は今夜だ」


僕は立ち上がり、全員を見渡した。


「目標、王立魔導学園。……僕たちの『教室』を取り戻しに行くぞ」


地下の隠れ家に、反逆者たちの静かな闘志が満ちる。 失ったものは多い。 だが、得たものはそれ以上に大きい。 銀色の義手を持つ元勇者と、異端のSクラス!

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