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【第63話:休息】

ドワーフの街に帰り着いた時、僕たちの意識はもう限界を超えていた。 ガガン親方が手配してくれた宿屋の部屋に入った瞬間、Sクラスの面々は、まるで糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。


「……ベッド」


誰かが呟いた。 それが合図だった。 風呂? 着替え? 知るか。 今はただ、重力に従いたい。


「ぬぉぉ……筋肉が……停止する……」


ガルがドサリと床に倒れ込む。その巨体が、そのまま動かなくなる。 彼は大の字になり、白目を剥いて即座にイビキをかき始めた。


「……あ、あー……」


エリスはベッドにたどり着くことすら諦め、壁際に体育座りをしたまま、首をカクンと垂れた。 その姿は、本物の死体と見紛うほど生気がない。


「レ、レイン様……私、貴族としての品位が……もう……」


セリアも限界だった。 ドレスは煤と泥で汚れ、自慢の銀髪もボサボサだ。彼女は僕のベッド(一番手前にあった)に顔から突っ込み、そのままピクリとも動かなくなった。


「……ん。おやすみ」


エリルは僕の背中にしがみついたまま、立った状態で寝息を立てていた。 器用すぎる。 僕は彼女を引き剥がす気力もなく、そのままセリアが占領しているベッドの隙間――わずか30センチほどのスペースに、エリルごと倒れ込んだ。


泥だらけの服。汗と硝煙の匂い。 不快なはずなのに、今はそれが「生きている証」のように感じられて、心地よかった。 右肩の痛みも、脳の疲れも、全てが遠のいていく。


(……終わった……)


思考が溶ける。 こうして、Sクラスの長い一日は、死人のような沈黙の中で幕を閉じた。


***


翌日の昼前。 僕の意識を覚醒させたのは、強烈に食欲をそそる匂いだった。 焼けた肉と脂、香辛料、そして焦げた醤油のような香ばしさ。


「……んぅ」


重いまぶたをこじ開ける。 窓から差し込む陽光が眩しい。 身体を起こすと、バキバキと関節が鳴った。 昨日の脱出劇で外れた右肩は、寝ている間に自己治癒(とポーションの効果)で繋がってはいるが、まだ鈍く痛む。


「……あら、お目覚めですの? レイン様」


声の方を向くと、部屋の中央にあるテーブルで、既に身支度を整えた(魔法で洗浄したらしい)セリアが優雅に茶を飲んでいた。 その向かいでは、エリルとガル、エリスが、山盛りの料理と格闘している。


「……おはよう。みんな早いな」 「腹が減って目が覚めたんだ! 見ろ委員長、ドワーフの朝飯だ!」


ガルが骨付き肉を掲げる。 テーブルには、これでもかと料理が並んでいた。 岩山のようなトースト、厚切りのベーコン、豆とソーセージの煮込み、そしてジョッキに入ったミルク。 質実剛健。カロリーの暴力だ。


僕はふらふらと椅子に座り、ミルクを一気に飲み干した。 乾いた体に水分が染み渡る。


「……生き返った」 「レイン、これ食べる?」


エリルが自分の皿から、一番大きなベーコンを切り分けてくれた。 僕は苦笑して受け取る。


「ありがとう。……いただきます」


ガブリと噛みつく。 塩気が強い。肉汁が溢れる。 美味い。 昨日のカレーも美味かったが、やはりプロの料理は違う。 僕たちはしばらく無言で、ただひたすらに咀嚼し、嚥下した。 失ったエネルギーを補給するように。


「……それにしても」


一息ついたところで、セリアがナプキンで口を拭い、僕の胸元を見た。


「その『右腕』、どうなっていますの?」


僕の懐には、昨夜回収した**【機神の右腕(キューブ形態)】**が入っている。 取り出してテーブルに置く。 銀色の立方体。 昨夜の熱暴走が嘘のように、今は静かに冷気を放っている。


「……大人しいな。完全にスリープモードだ」 「解析してみましたが、外部からの信号を一切遮断していますわ。……まるで、持ち主(レイン様)以外には触らせないという意志を感じます」


セリアが不満そうに頬を膨らませる。 彼女のハッキングでも、この封印状態は解けないらしい。


「へへっ、いい気味だ。あの熱さには懲りごりだぜ」


ガルが忌々しそうにキューブを睨む。 エリスも「……禍々しい気配は消えてる……ただの箱……」と呟く。


「こいつを使うには、王都の地下にある『本体ミーミル』と再接続するか、あるいは僕のIDカードの権限レベルをもっと上げる必要があるな」


僕はキューブを指先で回した。 今はただの重りだ。 だが、これ一つでドラゴンを暴走させ、火口を吹き飛ばすエネルギーを秘めている。 教団が血眼になって探すわけだ。


「……で、どうする? これから」


エリルがパンを齧りながら聞く。 休暇はまだ残っているが、目的の物は手に入れた。


「帰ろう。……王都へ」


僕は即答した。


「教団の傭兵部隊を全滅させたんだ。向こうも気づく。……それに、レオンハルトのことが気がかりだ」


あの「異界の剣士」の育成状況。 そして、沈黙を守る教団の次の一手。 火口での勝利に浮かれている場合じゃない。


「そうこなくっちゃな! 俺の筋肉も、王都のジムが恋しいと言っている!」 「……お土産に、火山の灰を買った……呪い放題……」 「私も、新兵器のデータ整理が山積みですわ。……ふふ、忙しくなりそうです」


みんな、表情は明るい。 Lv.65(実質Lv.80相当)のドラゴンを退けた自信が、彼らの顔つきを変えていた。 もう、以前のような「落ちこぼれSクラス」じゃない。 僕たちは、世界を相手に喧嘩ができるチームになった。


「よし。食ったら出発だ。……ガガン親方に挨拶して、飛行船を飛ばすぞ」


僕は最後のベーコンを口に放り込み、立ち上がった。 窓の外、ヴォルカの火山が噴煙を上げている。 あそこで掴んだ熱と勝利を胸に、僕たちは帰路につく。

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