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【第60話:炭化する行軍、動く黒焦げ】

「……暑い。マスクをしていても、喉が焼ける」


火口への道を降り始めて数十分。 僕たちは、既に生物の生存圏を超えた領域にいた。 周囲は赤黒い岩肌。足元からはシューシューと有毒ガスが噴き出し、遥か下方からはマグマの海が轟音を立てている。 気温は70度を超えているだろう。 セリアの**【極冷ポーション】**を飲んでいなければ、とっくに熱中症で倒れている。


「レイン様。……マナ濃度が異常ですわ」


セリアが計器を見ながら、深刻な声で告げる。


「ただの火山の熱量じゃありません。もっと指向性のある……『何か』が、周囲のマナを強制的に熱変換しています」 「機神のパーツか」 「ええ。まるで、近づくもの全てを焼き尽くす『拒絶の熱』です」


嫌な予感がする。 エリルが先頭で足を止めた。


「……いる」


彼女が指差した先。 岩陰の開けたスペースに、先行していた教団の傭兵団の姿があった。 30人ほど。 彼らは戦っているわけでも、休憩しているわけでもなかった。 ただ、立ち尽くしていた。 武器を構えたまま。あるいは、何かに手を伸ばした姿勢のまま。


「……おい、どうした? 暑さでボケたか?」


ガルが不用意に近づこうとする。


「待てガル! 触るな!」


僕は鋭く制止し、**『鑑定』**を発動した。 そして、表示されたステータスを見て、背筋が凍りついた。


炭化兵チャコール・ゾンビ】 元・教団傭兵(Lv.25) 状態:全身炭化、生命活動停止(死亡)、熱暴走による強制駆動 思考:破壊衝動のみ


「……死んでる」


僕が呟くと同時に、風が吹いた。 パラパラ……と、傭兵の一人の腕が崩れ落ちた。 断面は赤く熱せられた炭そのものだった。 彼らは焼かれたのではない。 内側から、瞬時に「炭」に変えられたのだ。


「ギ、ギギ……」


腕が落ちた傭兵が、ゆっくりと首を回した。 炭化した顔面。眼球は溶けてなくなり、口からは赤い火の粉が漏れている。


「熱イ……熱イ……」


呻き声。 いや、声帯は焼失している。これは体内の空気が漏れる音だ。


「ヒッ……!」


エリスが悲鳴を上げて後退る。 それを合図にしたかのように、立ち尽くしていた30体の「炭」が一斉に動き出した。


「ガァァァァァッ!!」


「来るぞ! 迎撃しろ!」


僕は**【雷神の槍】**を構えた。 だが、撃てない。 相手は密集している上に、動きが不規則だ。レールガンの貫通力では、後ろの地形ごと崩してしまうリスクがある。


「俺が止める! どすこいッ!」


ガルがタワーシールドを構えて突っ込む。 炭化兵が剣を振り下ろす。 ガキンッ! 剣と盾がぶつかり合うが、炭化兵の腕が砕け散り、黒い粉塵が舞う。


「うおっ、脆い! ……って、あちィィィッ!?」


ガルが叫ぶ。 砕けた炭の破片が、ガルの肌に付着し、ジューッという音を立てて肉を焼いたのだ。 ただの炭じゃない。高熱を宿した呪いの破片だ。


「近づくな! 砕くと破片が飛び散る!」 「遠距離から魔法で……!」


セリアが氷の矢を放つ。 だが、炭化兵の周囲に漂う熱気が、氷を一瞬で蒸発させる。 魔法耐性までついているのか。


「……マナが暴走してる。このままじゃジリ貧だ」


炭化兵たちは痛みを感じない。手足がもげても、這いずって近づいてくる。 その目的はただ一つ。抱きついて、侵入者を道連れに焼くこと。


「……私に任せて」


震えていたエリスが、一歩前に出た。 彼女は真っ青な顔で、しかし瞳には暗い決意を宿していた。


「熱いのは嫌い……。だから、冷たくしてあげる」


エリスが両手を広げ、足元の影を一気に広げた。 物理的な冷気ではない。 死霊術による、魂の凍結。


『死霊術』――【黄泉のコフィン・オブ・フローズン


ヒュオオオオ……。 洞窟内に、場違いな冷たい風が吹き荒れる。 亡者たちの慟哭と共に、影が炭化兵たちの足元から這い上がり、その体を包み込んだ。


「ア……ガ……」


炭化兵たちの動きが止まる。 赤熱していた体の色が、急速に黒く、冷たく沈殿していく。 熱エネルギーそのものを、死のマナで中和したのだ。


「……土に還れ」


エリルが影から飛び出し、動きの止まった炭化兵たちの「核」――心臓部にある魔石のような塊を、次々と砕いていく。 今度は爆発も熱波も起きない。 ただの崩れやすい炭となって、サラサラと崩れ落ちていった。


数分後。 そこには、黒い砂山だけが残された。


「……はぁ、はぁ……」


エリスがその場にへたり込む。 かなりの魔力を消費したようだ。


「よくやった、エリス。お手柄だ」


僕は彼女にマナポーションを渡し、砂山を見下ろした。 これが、機神のパーツに触れた者の末路か。 ドラゴンに殺されるよりも酷い。


「……レイン様。奥から、さらに強い熱源反応が」


セリアが洞窟の深部を睨む。 教団の部隊は全滅した。 だが、その原因となった「元凶」と、この火口の「主」は、まだピンピンしている。


「……ああ。聞こえるよ」


ズシン、ズシン……。 地響きのような足音。 そして、空気を震わせる咆哮。


『グオオオオオオオオオッ!!』


ヴォルカニック・ドラゴンだ。 そして、その咆哮には、明らかに「怒り」以外の何かが混じっていた。 苦痛。あるいは、暴走。


「機神のパーツが、ドラゴンの巣に取り憑いているのかもしれん」


最悪のケースだ。 物理無効のドラゴンが、さらに熱暴走の鎧を纏っているとしたら?


「行くぞ。……ここからが本番だ」


僕は【雷神の槍】の冷却バルブを開き、臨界点まで魔力を充填した。 灼熱の底。 神の腕と竜の顎が待つ戦場へ。

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