【第59話:赤熱の酒場】
ガガン親方の工房での改修を終えたその夜。 僕たちは、ドワーフの街で一番賑わっている酒場『鉄の肝臓亭』にいた。 店内は蒸気機関のように熱く、ジョッキがぶつかる音と怒号のような笑い声が渦巻いている。
「さあ飲め! 新しい武器の完成祝いだ!」
ガガン親方が、樽のようなジョッキをドンとテーブルに置く。 中身はドワーフ特製の「火酒」。アルコール度数90%。ほぼ燃料だ。
「……遠慮しときます。未成年なんで」 「なんだ、つまらん! ……おい筋肉! お前はいけるクチか!?」 「応ォッ! アルコールは筋肉の分解を招くが、付き合いもまたトレーニングだ!」
ガルが火酒を煽り、口から火を吹いている。馬鹿だ。 エリスは隅っこで、おつまみの燻製肉を祭壇に供えている。 平和な光景だが、僕の頭は既に「攻略モード」に切り替わっていた。
「親方。……火口の情報が欲しい」
僕が切り出すと、ガガンはニヤリと笑い、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。 油汚れと煤で汚れているが、そこには火口内部の精細な地図が描かれていた。
「これを見ろ。……俺たちが『大灼熱洞』と呼んでいる場所だ」
地図には、地下深くへと続く螺旋状の道と、その底に広がる広大なマグマ溜まりが描かれている。
「まず、環境が最悪だ。気温は60度から100度。深層に行けば、空気中の硫黄ガスで肺が焼ける。……普通の人間なら、入って5分で蒸し焼きだ」 「対策は?」 「私が作りましたわ!」
横からセリアが手を挙げる。 彼女はテーブルの上に、奇妙なマスクと、青い液体が入った小瓶を並べた。
【携帯型酸素浄化マスク】 【極冷ポーション(飲むクーラー)】
「ドワーフの空調技術を参考に、携帯サイズに小型化しましたの。これなら有毒ガスも熱波も遮断できますわ」 「……仕事が早いな。採用だ」
環境問題はクリア。次は敵だ。
「問題は、この『主』だ」
ガガンが地図の最深部、マグマ溜まりの中心を指差した。
「【ヴォルカニック・ドラゴン】。……空を飛ぶドラゴンじゃねぇ。マグマの中を泳ぐ、巨大なトカゲだ」 「泳ぐ……?」 「ああ。奴の鱗は溶岩そのものだ。冷やさねぇ限り、物理攻撃は全部『流動』して無効化される。しかも、マグマに潜れば瞬時に再生しやがる」
物理無効に、高速再生。 最悪の相性だ。 生半可な攻撃では、無限に再生されてジリ貧になる。
「だからこそ、お前のその『新しい銃』が必要なんだ」
ガガンが僕の背負った**【雷神の槍・改】**を指差す。
「奴が再生するよりも速く、核を撃ち抜く。……チャンスは一瞬だ。奴がブレスを吐くために、マグマから顔を出した瞬間しかねぇ」
(……なるほど。狙撃か)
僕の役割は決まった。 だが、懸念材料がもう一つある。
「……教団の傭兵たちは?」
僕が尋ねると、隣でステーキを食べていたエリルが、フォークを止めずに答えた。
「……見てきた。街外れのキャンプ、もう空っぽ」 「空っぽ?」 「うん。今日の昼過ぎ、全員で火口へ入っていった。……大きな『檻』を持って」
檻。 つまり奴らは、ドラゴンを倒すのではなく「捕獲」、あるいは機神のパーツを回収するための運搬用機材を持ち込んだということか。
「……数が減ってないなら、30人規模か」
僕は地図上のルートを指でなぞった。 一本道だ。 もし奴らが先行しているなら、僕たちは背後からカチ合うことになる。 あるいは……。
「……エリス。何か感じるか?」
僕が振ると、エリスが虚ろな目で地図を見つめ、震えながら呟いた。
「……悲鳴。……いっぱい聞こえる。……熱い、痛いって……」 「死者が出てるのか?」 「ううん。……まだ死んでない。でも、死ぬより酷いことになってる……。ドラゴンじゃない、もっと『冷たい何か』に襲われてる……」
冷たい何か。 灼熱の火山で? 嫌な予感がした。 機神のパーツ――【右腕】。 それは単なる部品ではなく、独自の防衛本能を持っている可能性がある。 もし教団がそれに触れてしまったとしたら?
「……急ごう」
僕は立ち上がった。 悠長に酒を飲んでいる場合じゃない。 状況は刻一刻と悪化している。 教団が全滅するのは構わないが、機神のパーツが暴走して火口ごと吹き飛んだら、僕たちの目的もオジャンだ。
「おいおい、今から行くのか? 夜だぞ」 「夜の方が涼しいでしょう? ……それに、火花を見るなら暗い方がいい」
僕はガガンに地図の礼として金貨を一枚渡し、Sクラスのメンバーに号令をかけた。
「出発だ。……酔いは醒めたか?」 「応ッ! アルコールは既にエネルギーに変換済みだ!」 「……準備万端ですわ。データ収集が楽しみ!」 「……いつでも」
頼もしい(そして少し狂った)仲間たち。 僕はマスクを受け取り、装着した。 無機質な呼吸音が響く。
「作戦目標:機神【右腕】の回収。障害となるドラゴン、および教団勢力は、状況に応じて排除または利用する」
酒場の扉を開けると、夜風と共に硫黄の臭いが流れ込んできた。 遠くに見える火山の赤熱。 そこはもう、生物が踏み入るべきではない領域。
「……狩りの時間だ」
僕たちは闇夜に紛れ、赤い死地へと足を踏み出した。




