表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/114

【第6話:泥にまみれた宝石】

「レイン、たまには外で遊んできなさい。お店の中にばかりいたら、カビが生えちゃうわよ」


母さんの有無を言わせぬ笑顔に押し切られ、僕は宿屋を追い出された。 手には、おやつ代として渡された銅貨が二枚。 僕はため息をつきながら、石畳の道を歩いた。


(……遊ぶって言ってもなぁ)


精神年齢アラサーの僕に、4歳児の「おいかけっこ」や「おままごと」に混ざれというのは拷問に近い。 しかし、拒否し続ければ「引きこもりの息子」として両親に心配をかけることになる。それは避けたい。適当に時間を潰して、ほどほどに泥をつけて帰るのが正解だろう。


僕は街の中央広場へと向かった。 そこには、近所の子供たちが集まっていた。 キャーキャーと走り回る子供たち。その親たちが井戸端会議をしている。平和な光景だ。 僕は木陰のベンチに座り、習慣のように『鑑定』を発動した。


【トム】職業:平民(Lv.1) 【リサ】職業:平民(Lv.1) 【カイル】職業:商人の息子(Lv.1)


(……つまらない)


予想通りだ。スキルの熟練度上げにはなるが、得られる情報に価値がない。 みんな、ただの子供だ。何の変哲もない、平和を享受するだけの存在。 この過酷な世界で、彼らは無力な羊だ。狼が来れば一瞬で食われる。 そんな冷めた思考を巡らせていた時だった。


ふと、視界の端に違和感を覚えた。 広場の隅。華やかな噴水から遠く離れた、路地裏へと続く暗がり。 そこに、一人の子供が座り込んでいた。 ボロボロの衣服。伸び放題の汚れた髪。年齢は僕と同じか、一つ上くらいだろうか。性別は……髪が顔にかかっていてよく分からない。 他の子供たちが楽しそうに遊ぶのを、その子はじっと見つめていた。 羨ましそうに? いや、違う。その目は、もっと乾いていた。 獲物を品定めするような、あるいは敵との距離を測るような、冷徹な観察眼。


(……あいつは、何だ?)


僕は興味を惹かれ、意識を集中した。 距離がある。鑑定が届くか? 目を細め、魔力を視神経に集める。


『鑑定』。


【エリル】 種族:人族 職業:浮浪児(Lv.3) 状態:栄養失調、軽度の感染症


(Lv.3……?)


驚いた。 さっきの平民の子供たちは全員Lv.1だった。 Lv.3といえば、先日宿屋に来た駆け出し冒険者のボリスたちと同じだ。 4~5歳の子供が、武装した大人と同じレベル? 一体何をすれば、そんな経験値を得られるんだ?


さらに、ステータスの下段に表示されたスキルを見て、僕は息を呑んだ。


スキル:


危機察知(Lv.3)


短剣術(Lv.1)


(危機察知、それに短剣術……!)


間違いなく、修羅場をくぐっている。 この子は、この歳にして既に「あちら側」――死と暴力の世界の住人だ。 僕は無意識にベンチから立ち上がり、その子――エリルの方へと歩き出していた。 羊の群れの中に紛れ込んだ、一匹の野良犬。 同類を見つけたような、奇妙なシンパシーを感じた。


僕が近づくと、エリルはビクリと肩を震わせ、瞬時にこちらを向いた。 髪の隙間から覗く瞳は、濁った灰色だった。 警戒心しかない目。 エリルは僕の姿を確認すると、一瞬だけ怪訝そうな顔をした。 ただの綺麗な服を着た4歳児(僕)が、自分のような汚い浮浪児に近づいてくるのが不思議なのだろう。


「……なにか用?」


掠れた、低い声だった。女の子か。 僕は足を止めた。距離は2メートル。


「君、すごいね」 「……は?」 「他の連中とは違う。匂いでわかるよ」


僕はわざと、少し挑発的な言い方をした。 4歳児の語彙ではない。だが、彼女なら通じる気がした。 エリルは目を細めた。その瞬間、彼女の全身から微弱だが鋭い殺気が放たれた。 ふところに手が伸びる。ボロ布の下に、何か硬いもの――恐らく、折れたナイフか何か――を隠し持っている。


(本物だ)


僕はゾクゾクするような高揚感を覚えた。 Lv.45の父さんから感じる圧倒的な威圧感とは違う。これは、もっと生々しい、泥沼を這いずって生き延びてきた者の殺意だ。


「……あんた、何者?」


エリルが低い声で問う。 僕の「中身」が子供じゃないことを、本能(あるいは危機察知スキル)で感じ取ったのかもしれない。 僕はニヤリと笑った。


「僕はレイン。宿屋の息子だ」 「嘘つき。……宿屋の息子が、そんな目で人を見ない」 「へえ、どんな目?」 「……人を、肉の塊として値踏みするような目」


鋭い。 僕は思わず感心してしまった。 そうだ、僕は無意識に彼女を「鑑定」し、戦力として、あるいは興味の対象として分解して見ていた。それを見抜かれたのだ。


「お腹、空いてるんだろ?」


僕はポケットから銅貨二枚を取り出し、親指で弾いて見せた。


「これでパンが買える。あそこの屋台で」 「……施しなんて受けない」 「施しじゃない。投資だよ」 「トウシ?」


聞き慣れない単語に、エリルが首を傾げる。 僕は銅貨を彼女の足元に放った。チャリン、と乾いた音が響く。


「君は強い。でも、そのままだと死ぬよ。栄養失調でね」 「……!」 「食って生き延びろよ。そしたら、また話そう」


僕はそれだけ言って、背を向けた。 これ以上踏み込めば、彼女は逃げるか、噛み付いてくるだろう。今は種を蒔くだけでいい。 背後で、しばらく沈黙が続いた後、衣擦れの音と、硬貨を拾い上げる微かな音が聞こえた。


(エリル、か)


広場を後にする僕の足取りは、来る時よりもずっと軽かった。 友達はいらないと思っていた。 けれど、共犯者候補が見つかったなら、悪くない。 Lv.3の浮浪児。彼女がこの先どう育つのか、あるいは僕がどう育てるのか。 退屈だった「子供時代」に、明確な楽しみができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ