【第57話:マグマの秘湯、湯けむりの牽制球】
「ガハハハ! 気に入ったぞ人間! あのクソ傭兵どもをボコボコにしてくれるとはな!」
乱闘騒ぎの後。 助けたドワーフの親方――赤髭のガガンは、僕の背中をバシバシと叩いて笑った。 背骨が折れそうな威力だ。
「礼代わりに、俺たちの『聖地』に案内してやる! 旅の疲れなんざ一発で吹き飛ぶぞ!」
そう言って連れてこられたのは、街の地下深くにある巨大な洞窟だった。 そこには、岩盤をくり抜いて作られた巨大な浴槽があり、赤褐色の湯がなみなみと注がれていた。 湯気というより、熱波が立ち上っている。
「……これ、温泉か? 釜茹での刑場じゃなくて?」 「何を言う! 地下水脈をマグマで直接温めた『マグマの湯』だ! 源泉掛け流し、温度は50度! 最高だろ?」
50度。人間なら低温火傷するレベルだ。 だが、拒否権はない。 「入らぬ者は客にあらず」というドワーフの掟に従い、僕たちは男女に分かれて脱衣所へと向かった。
***
【男湯】
「うおおおおッ!! 筋肉が! 筋肉が煮えたぎるゥッ!!」
ザブンッ!! ガルが躊躇なく熱湯に飛び込み、お湯を盛大に溢れさせた。 彼は肩まで浸かり、恍惚の表情でポージングを決めている。
「最高だ! 熱による血流促進! 乳酸が消滅していくのが分かる!」 「……お前、本当に丈夫だな」
僕は**【魔力操作】**で皮膚表面に薄い断熱皮膜(冷却マナ)を展開し、恐る恐る足を入れた。 熱い。だが、慣れれば心地よい痺れに変わる。 旅と戦闘で凝り固まった体がほぐれていく感覚。
「……ふぅ」
岩肌に背を預け、天井を見上げる。 高い天井の隙間から、地上の光が差し込んでいる。 久しぶりのリラックスタイムだ。 隣ではガルが「大胸筋よ、喜んでいるか!」と自分の胸に話しかけているが、無視すれば平和だ。
(……壁の向こうはどうなってるんだか)
岩壁一枚隔てた向こう側からは、キャッキャという声ではなく、何やら不穏な空気が漏れ出していた。
***
【女湯】
「……熱い。茹でタコになる」
エリルは湯船の縁に座り、足先だけをお湯につけていた。 彼女の白い肌は、熱気ですぐに桃色に染まっている。 その華奢な肢体は、無駄な脂肪が一切なく、しなやかな筋肉に覆われた「凶器」の美しさを持っていた。
「あら、入りませんの? 肩まで浸からないと効果がありませんわよ?」
対するセリアは、平然と肩まで浸かっていた。 もちろん、全力で**【耐熱結界】**を張っているからだ。 彼女は豊かな銀髪をアップにまとめ、その豊満な(年齢にしては発育の良い)体を惜しげもなく晒している。 肌は白磁のように滑らかで、傷一つない。 「作られた身体」特有の、完璧すぎる美貌。
「……セリア。あんた、体も作り物?」
エリルが不意に尋ねた。 悪意はない。純粋な疑問だ。 地下で知った真実――セリアがクローンであること。 セリアは一瞬動きを止め、自分に湯をかけた。
「ええ。細胞レベルで最適化された、機神制御用の生体パーツですわ。……綺麗でしょう?」 「……ん。綺麗すぎる。お人形みたい」 「フフッ、褒め言葉として受け取っておきますわ。……でもね」
セリアは立ち上がり、エリルの背後に回った。 そして、手ぬぐいでお湯を含ませ、エリルの背中を流し始めた。
「私はこの体に、私だけの『傷』を刻んでいくと決めましたの。……ほら、あなたのような」
セリアの指が、エリルの背中にある古傷――幼い頃、路地裏で負った無数の小さな傷跡をなぞる。 それは、エリルが生き抜いてきた証だ。
「……くすぐったい」 「羨ましいですわ。レイン様と共に歩んできた歴史が、その肌に刻まれていますもの」
セリアの声には、僅かな嫉妬が混じっていた。 エリルは少し驚いたように振り返り、そして小さく笑った。
「……じゃあ、これから増やせばいい。セリアの傷も」 「ええ! もちろんですわ! 全身傷だらけになるまで冒険してやります!」 「それは嫌。……レインが悲しむ」
二人の間に、奇妙な友情のような空気が流れる。 と、その時。
「……あぶく、たった……にえたった……」
湯船の底から、土気色の何かが浮上してきた。 エリスだ。 彼女はのぼせて完全に白目を剥いている。
「きゃぁぁっ!? 水死体!?」 「……三途の川が、温かい……」
セリアが悲鳴を上げ、エリルが無表情でエリスを引き揚げる。 女湯は(別の意味で)戦場だった。
***
風呂上がり。 脱衣所で服を着ていると、火照った体に冷たい地下の風が心地よかった。 待ち合わせ場所の広間に行くと、顔を真っ赤にした女子たちが、ドワーフ特製の「冷やしフルーツ牛乳」を飲んでいた。
「……レイン様、お背中は流せましたか?」 「ガルに流されかけたよ。皮が剥げるかと思った」
僕も牛乳を受け取り、腰に手を当てて一気に飲み干す。 甘くて冷たい液体が、五臓六腑に染み渡る。
「プハァッ! ……生き返るな」
この一瞬のために生きていると言っても過言ではない。 親方のガガンが、満足げに近づいてきた。
「どうだ、気に入ったか?」 「ああ。最高の湯だったよ、親方」 「ガハハ! そうかそうか! ……で、だ。お前さんたち、ただの観光客じゃねぇな?」
ガガンの目が、職人の鋭い光を帯びる。 彼は僕の持つ**【雷神の槍】**(今は布に包んでいるが)をチラリと見た。
「その背負ってるモン……『オリハルコン』の臭いがプンプンするぜ。しかも、雑な加工で悲鳴を上げてやがる」 「……分かりますか」 「当たり前だ。俺はここの筆頭鍛冶師だぞ。……風呂でサッパリしたなら、次は俺の工房に来な。その可哀想な武器、手入れしてやる」
願ってもない申し出だ。 温泉イベントからの、鍛冶イベントへの直通ルート。 僕はガガンのごつい手を握り返した。
「是非お願いします。……実は、もっと凄い『素材』の情報も欲しくてね」 「ほう? 欲張りなガキだ。……いいだろう、夜は長い。飲み明かそうじゃねぇか!」
ドワーフの宴が始まる予感がした。 僕たちは湯冷めしないうちに、ガガンの工房へと向かった。 リフレッシュ完了。 次は、戦力の強化だ。




