【第56話:灼熱の国】
王立魔導学園の前期が終了し、2ヶ月間の長期休暇が始まった。 普通の生徒なら実家に帰省したり、避暑地で遊んだりするところだ。 だが、僕たち特務Sクラスに休息はない。
「……高いな」
僕は眼下に広がる雲海を見下ろし、呟いた。 現在、僕たちはアルライド公爵家が所有する**【魔導飛行船:シルフィード号】の甲板にいた。 風除けの結界が張られた快適な空の旅。 目的地は、大陸東部に位置する「火山と鍛冶の国・ヴォルカ」**。 マザーの地図が示した、機神の【右腕】が眠る場所だ。
「快適ですわね! この船の推進機関、私の設計理論を取り入れて改良しましたのよ!」
セリアが優雅にパラソル(日傘)を差しながら、得意げに胸を張る。 彼女はもちろん同行確定だが、今回は余計な荷物……いや、頼もしい戦力が二人増えていた。
「フンッ! フンッ! ……薄い空気の中でのトレーニング! 心肺機能への負荷が最高だ!」
甲板の隅で、獅子族のガルが巨大なバーベル(積載貨物用の重り)を持ち上げている。 なぜ彼がいるのか。 『東の火山には、マグマの中で腕立て伏せをする幻の魔獣がいるらしい』という僕の適当な嘘(勧誘)を信じ込んだからだ。
「……うふふ。火山の硫黄……地獄の窯の蓋が開く匂い……」
そして、船酔いで顔色を真っ青(あるいは土気色)にしたエリスが、手すりにぐったりと寄りかかっている。 彼女もまた、『火山地帯特有の死霊』に釣られてやってきた。
「……レイン。本当にこいつら連れて行くの?」
エリルが呆れたように僕の袖を引く。 彼女は新しい装備(耐熱仕様の軽装)に身を包み、警戒を怠っていない。
「戦力は多い方がいい。……あの『異界の剣士』を見たろ? 僕たちもレベルを上げなきゃならない。それに……」
僕は東の空を睨んだ。
「機神のパーツがある場所だ。まともな場所じゃない。肉壁とデバッファーは必須だ」
数時間の飛行の後。 視界の前方に、赤黒い噴煙を上げる巨大な山脈が見えてきた。 大気が震え、熱波が結界越しにも伝わってくる。 ドワーフたちが支配する、職人と戦士の聖地。
「着陸態勢に入りますわ! 皆様、舌を噛まないように!」
飛行船が高度を下げる。 眼下に広がるのは、溶岩の河が流れる黒い大地と、その熱を利用して鉄を打つ、巨大な要塞都市。
***
「あづぅぅぅ……」
タラップを降りた瞬間、サウナのような熱気が全身を包んだ。 気温は優に40度を超えているだろう。 セリアが慌てて全員に**【冷却結界】**をかける。
「ここがヴォルカ……。暑苦しい国ですわね」 「おう! 汗が噴き出る! 筋肉が喜んでいるぞ!」 「……干からびる……ミイラになっちゃう……」
三者三様の反応を見せるSクラス。 僕たちは入国審査(セリアの公爵家パスでフリーパスだった)を抜け、街の大通りへと繰り出した。 通りには、背の低い筋肉質なドワーフたちが闊歩し、至る所からカンカンと鉄を打つ音が響いている。 武器屋、防具屋、素材屋。 並んでいる商品は、王都のものより数段質が高い。
「レイン様。反応がありますわ」
セリアがこっそりと懐の探知機(マザーのメモリを改造したもの)を確認する。
「反応地点は、あの中央火口……『大灼熱洞』の最深部です」 「火口の中かよ。……予想はしてたが」
機神の【右腕】は兵装ユニットだ。 強力な火力を有している可能性が高い。それが火山のエネルギーと共鳴しているなら、回収は困難を極める。
「まずは情報収集だ。火口へ入るルートと、現地の情勢を探る」
僕たちが歩き出そうとした時、通りの向こうから怒号が聞こえた。
「ふざけるな! 俺たちの『神聖な炉』を汚す気か!」 「うるせぇ! 国王の許可は取ってるんだよ! 道を開けろドチビ共!」
人だかりができている。 見ると、武装した人間の集団と、現地のドワーフたちが揉み合っていた。 人間の装備には、見覚えのある紋章。 剣と歯車。 「サンクチュアリ(教団)」の下部組織の傭兵団だ。
「……あいつら、ここにも手を伸ばしてるのか」
僕は舌打ちした。 教団は沈黙したはずだが、機神パーツの回収部隊までは止めていなかったらしい。 あるいは、レオンハルトの権限が及ばない別働隊か。
「おい、そこをどけ! 痛い目に遭いたくなきゃな!」
傭兵の一人が、ドワーフの職人を蹴り飛ばそうとする。 その瞬間。
ドゴォッ!!
「ぐべっ!?」
蹴り飛ばされたのは、傭兵の方だった。 いつの間にか間合いを詰めていたガルが、傭兵をラリアットで吹き飛ばしていたのだ。
「……あ?」
ガルは湯気を立てる筋肉を見せつけ、不機嫌そうに唸った。
「暑いんだよ、お前ら。……俺の視界で、弱い者いじめをして暑苦しさを増やすな」
「な、なんだ貴様は!?」 「通りすがりの筋肉だ!」
(……ああ、もう)
僕は頭を抱えた。 情報収集(隠密)のつもりが、到着5分で乱闘騒ぎだ。 だが、傭兵たちの背後から、さらに多数の気配が近づいてくる。
「エリル、セリア、エリス。……やるぞ」
僕は腹を括った。 どうせ敵だ。ここで潰しておいて損はない。
「派手に暴れて、ドワーフたちに恩を売る。……Sクラス流の挨拶だ」
僕が【雷神の槍】(携帯用に小型化したモデル)を抜くと、仲間たちがニヤリと笑った。 灼熱の国での最初の喧嘩が始まる。




