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【第54話:レベル1の剣豪】

光が収まり、視界が戻る。 祭壇の上に立つ黒い詰襟の少年は、周囲の白装束たち、そして僕たちを、まるで道端の石ころでも見るような虚ろな瞳で見回した。 その手にある日本刀は、抜き身のままダラリと下げられている。 だが、僕の**【危機察知】と【見切り】**が、警鐘を通り越して悲鳴を上げていた。


(……まずい。近づくな)


本能が叫ぶ。 僕は震える喉を押さえ、日本語で叫んだ。


「待ってくれ! 僕は敵じゃ……!」


「――敵意有り。排除する」


少年の答えは、言葉ではなく刃だった。 彼は地面を蹴った形跡すらない。 「歩く」動作の延長線上で、瞬時に僕との間合い――10メートルを一歩で潰した。 縮地? いや、違う。予備動作が全くない「自然体」の歩法だ。


「レインッ!」


エリルが反応する。 彼女は僕の前に割り込み、ミスリルの短剣で少年の斬撃を受け止める――はずだった。


「……遅い」


少年が手首を返した。 キィンッ! 金属音と共に、エリルの短剣が宙を舞った。 力で弾かれたのではない。刃の側面に刀身を滑り込ませ、力のベクトルを逸らされたのだ。


「え……?」


エリルの目が驚愕に見開かれる。 その無防備な首筋に、返しの刃が迫る。


「やめろぉぉッ!」


僕は**【雷神の槍】**を捨て、エリルを突き飛ばしてタックルした。 ヒュッ。 数本の髪の毛が散る。 僕たちは地面を転がり、間一髪で斬首を免れた。


「……ほう。今のを避けたか」


少年は刀についた血(僕の頬を掠めたものだ)を振り払い、興味なさげに呟いた。


『鑑定』!!


僕は起き上がりざまに、彼を視た。


【???】 種族:異界人(人間) 職業:なし(Lv.1) HP:150 / MP:10 スキル:なし 特性:【武の極致アーツ・オブ・ウォー


(レベル1……スキルなし……?)


あり得ない。 ステータスは一般人以下だ。MPに至っては枯渇寸前。 なのに、なぜこれほど恐ろしい? Lv.23の僕やLv.19のエリルが、子供扱いされた。


「セリア、援護だ! 近づかせるな!」 「わ、わかっていますわ! **【光弾ライト・バレット】**乱射!」


セリアが杖を振るい、光の弾丸をばら撒く。 少年は動じない。 彼は刀を僅かに動かした。 キン、キン、キン、キン……。 全ての光弾が、刀の峰で弾かれ、霧散していく。 魔法を斬った? いや、魔力の「核」を正確に突いて崩壊させたのか?


「魔法か。……手品トリックだな」


少年は冷たく言い放つ。 彼にとって、魔法など「種も仕掛けもある見世物」に過ぎないのだ。


「……くそっ、話を聞け! 僕はお前と同じ日本人だ!」


僕は再び叫んだ。 だが、少年の瞳に宿る殺意は消えない。


「日本人? ……ああ、そうか。お前も『召喚』されたクチか」


彼は初めて感情を見せた。 それは、深い絶望と、同族嫌悪に近い侮蔑。


「なら尚更だ。……こんなふざけた世界に馴染んで、人殺しの技を使っているお前が気に入らない」


理不尽な論理。 だが、彼の殺気は本物だ。 彼は踏み込んだ。 今度は「本気」の速度。 僕の**【並列思考】**が未来予測を弾き出す。 『右袈裟懸け』『回避不能』『死亡率100%』。


(死ぬ――!)


その時だった。


「――そこまでだ、異界の客よ」


ズズズズンッ!!


少年の足元の地面から、無数の「光の鎖」が噴き出した。 教団の仕掛けた捕縛罠だ。


「……ッ!?」


少年が反応し、鎖を斬ろうとする。 だが、鎖は実体を持たない魔法エネルギーだ。物理的な刃はすり抜ける。 鎖は蛇のように少年の四肢に絡みつき、その動きを封じた。


「ぐ、お……ッ!」 「素晴らしい! まさか召喚直後に暴れるほどの威勢とは!」


奥から現れたのは、教団の幹部たち。 そして、その後ろには――見覚えのある漆黒の鎧。 黒騎士だ。


「手間をかけさせたな、ガントの息子。……だが、礼を言うぞ。お前たちが囮になってくれたおかげで、彼(勇者)の『性能テスト』が済んだ」


黒騎士が嘲笑う。 少年は鎖に吊るされ、もがいている。 魔法耐性がない。 この世界のルール(魔法)を知らない彼は、搦め手には無力だった。


「離せッ! 俺は……!」 「おやおや、威勢がいい。だが、すぐに従順になるさ。……我々の『教育』を受ければな」


黒騎士が少年に手をかざすと、少年の目が虚ろになり、意識を失って崩れ落ちた。 強制睡眠。


「さて、次はお前たちだ」


黒騎士が僕たちに向き直る。 周囲には数百の白装束と、武装した聖騎士団。 そして、最強の駒を手に入れた黒騎士。 こちらは満身創痍の3人。 勝負にならない。


「……退くぞ」


僕は血を吐くような思いで決断した。 今ここで全滅すれば、あの少年も、父さんも、世界も終わる。


「セリア、最後の切り札だ! 煙幕スモークじゃない、もっとデカイのを頼む!」 「……ええ、在庫処分ですわ!」


セリアが懐から、掌サイズの水晶球を取り出し、地面に叩きつけた。 それは、以前地下から回収した「ヘカトンケイルの動力炉(の破片)」を暴走させる爆弾。


カッッッ!!!!


地下空洞が、太陽のような閃光に包まれる。 爆音と衝撃波。 教団員たちが悲鳴を上げて吹き飛ぶ。


「今だッ! 走れッ!!」


僕たちは爆風に乗って、入り口の扉へと飛び込んだ。 背後で黒騎士の怒号が聞こえるが、構っていられない。 僕たちは泥と煤にまみれながら、下水道を、地上を目指して走った。


祭りの音は、まだ続いている。 だが、僕たちの心は冷え切っていた。 新たな勇者は奪われた。 そして、彼が敵に回った時の「絶望的な強さ」だけが、網膜に焼き付いていた。


地上に出た時、星空が滲んで見えた。 悔しさで、奥歯が砕けそうだった。

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