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【第53話:喝采の頭上と沈黙の地下】

時刻は19時45分。 中央広場には、全校生徒と王都中から集まった観客たちがひしめき合っていた。 無数の魔導ランプが夜空を照らし、屋台の煙と熱気が渦巻いている。 その中心にある特設ステージ。 スポットライトを浴びて立っているのは、純白の礼服に身を包んだ生徒会長、レオンハルト・セイクリッドだ。


『――皆さん、今宵は星詠み祭へようこそ』


魔法拡声器を通した彼の声が響くたび、黄色い歓声が波のように広がる。 だが、僕は知っている。 彼の表情が、いつもの爽やかな笑顔の裏で、極限まで張り詰めていることを。 彼が「開会宣言」の最後の言葉を口にした瞬間、そのマナの波長が地下の術式と同期し、異界への扉が開く。 彼は今、必死にスピーチを引き延ばし、僕たちの到着を待っているのだ。


(……待ってろ、レオンハルト。今行く!)


地下下水道。 僕たちは汚水とヘドロにまみれながら、全速力で走っていた。 華やかな地上とは真逆の、冷たく暗い世界。 だが、頭上のマンホールからは、ドンドンドンと地上の太鼓や花火の音が伝わってくる。


「あと10分……いえ、5分ですわ! レオンハルト様の話術が尽きるのが先か、私たちが突入するのが先か……!」 「走れ! 敵がいたら止まるな、轢き殺して進むぞ!」


僕が叫ぶと同時に、前方の闇から殺気が膨れ上がった。 通路を塞ぐように展開された、白装束の集団。 だが、これまでの雑魚とは違う。 全身に魔法銀ミスリルの鎧を纏い、長槍を構えた「聖騎士」たちだ。


【教団・護衛騎士団】 Lv. 25~30 状態:完全武装、死守命令


「止まれ、異端者ども。ここから先は神域である」


先頭の騎士が槍を向ける。 問答無用。 話し合いなど通じる相手ではない。


「……エリル、閃光!」 「ん!」


エリルが手の中の閃光玉を投げつける。 カッ! 閉鎖空間での強烈なフラッシュ。 だが、騎士たちは動じない。


「小賢しい!」


彼らの兜には、閃光対策の魔法加工が施されていたのだ。 騎士たちが一斉に槍を突き出す。 通路いっぱいに広がる槍のファランクス。 回避不能。


「チッ、硬いな……! セリア、頼む!」 「任せてくださいまし! 【重力子機雷グラビティ・マイン】!」


セリアが杖を振るう。 彼女がばら撒いたのは、攻撃魔法ではなく、セリア特製の「重力魔法が付与された鉄球」だった。 ゴウンッ! 局所的な重力場が発生し、騎士たちの槍が地面に吸い寄せられるように沈む。


「なっ……槍が重い!?」 「今だッ! 突破する!」


僕たちは体勢を崩した騎士たちの頭上を、壁を蹴って飛び越える。 だが、最後尾の騎士が反応した。 後ろから僕の足を掴もうと手が伸びる。


「逃がすかぁッ!」 「邪魔だぁぁッ!!」


僕は空中で振り返り、**【雷神の槍・改】**の銃口を向けた。 チャージ時間はゼロ。スタンモードでの早撃ち。


バチィンッ!!


至近距離での電撃。 騎士が白目を剥いて吹き飛ぶ。 僕たちはそのまま着地し、振り返らずに走った。


「ハァ、ハァ……! レイン様、あそこです!」


通路の突き当たり。 巨大な封印扉が見えてきた。 あの中が、儀式の間だ。 扉の前には、見張りすらいない。 いや、扉そのものが「結界」になっている。


『鑑定』。


【多重属性結界】 強度:S級 解除予測時間:通常解読で3時間


「3時間だと……!? あと3分しかないんだぞ!」 「私がやりますわ! 論理ロジックで解く時間はありません! ……物理でこじ開けます!」


セリアが扉に張り付き、ありったけの解呪コードを叩き込み始める。 いや、解呪ではない。 結界のマナ循環を過負荷オーバーロードさせて焼き切るつもりだ。


頭上から、レオンハルトの声が聞こえてくる。


『……我々がこの星に生き、学び、そして未来を紡ぐこと。それは大いなる星の導きであり……』


彼の声が僅かに震えている。 限界だ。もう引き伸ばせない。 観客たちが「早く宣言を!」「祭りを始めろ!」と熱狂し始めている。


「まだか、セリア!」 「あと……30秒! くっ、なんて複雑な術式ですの!」


セリアの額から汗が吹き出す。 彼女の指先から血が滲む。 エリルが背後を警戒する。追手の足音が近づいてきている。


「……レイン、来る。数が多い」 「ここで食い止めるんだ! 扉が開くまで、一歩も通すな!」


僕も銃を構え、迫り来る騎士団に狙いを定める。 絶体絶命。 時計の針が、無情に進む。


そして。


『……それでは、高らかに宣言しましょう!』


レオンハルトの声が、決定的なトーンへと変わる。 終わりの合図だ。


「開けぇぇぇぇッ!!」


セリアの絶叫と共に、彼女の杖が砕け散った。 同時に、扉の結界がガラスのように砕け散る。


「開いた! 行くぞッ!」


僕たちは扉を蹴破り、中へと飛び込んだ。


そこは、広大な地下空洞だった。 床一面に描かれた、血のように赤い巨大な魔法陣。 その周囲を取り囲む、数百人の白装束の詠唱者たち。 そして、中央の祭壇には、空間が歪み、異界への「穴」が開き始めていた。


『――星詠み祭、開催です!!』


地上でのレオンハルトの叫びと同時に。 地下の魔法陣が、カッと眩い光を放った。


「間に合わなかっ……た……?」


僕たちが駆け寄ろうとした瞬間、光の柱が天井を突き抜け、地上へと噴き上がった。 強烈な衝撃波が僕たちを吹き飛ばす。 視界がホワイトアウトする。


光の中。 祭壇の上に、ゆらりと人影が現れた。 こちらの世界の服ではない。 黒い詰襟の学生服。 黒髪、黒目。 そして、その手には既に「抜き身の刀」が握られていた。


「……ここが、異世界か」


日本語だ。 僕の懐かしき母国語。 召喚は成功してしまった。 二人目の「異界の魂」。 教団が望んだ、最強の駒が降り立ったのだ。

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