【第52話:祝祭の裏側、悲鳴は歓声に紛れて】
「キャァァァァァッ!!」 「出たァァァッ! 筋肉ダルマだァァッ!」 「お母さぁぁぁん!!」
学園祭初日。 Sクラスの拠点である旧校舎からは、途切れることのない絶叫が響き渡っていた。 行列は校舎の外まで伸び、整理券は即完売。 出し物名:【絶望の迷宮】。 コンセプトは「生きて帰れると思うな」。
「……大盛況だな」
僕は教室を改造した「管制室」で、セリアが作ったモニタールームに座り、各フロアの様子を監視していた。 モニターには、腰を抜かすAクラスの生徒や、ガルの筋肉アタックに吹き飛ばされる他校の生徒たちが映っている。
「当然ですわ! 機神の空間制御機能を使った『動く床』に、エリスさんの『本物の霊道』を繋げた特別仕様ですもの! 心停止しないギリギリを攻めてますわ!」
セリアが紅茶を飲みながら高笑いする。 だが、僕の目は楽しげな客たちを見てはいなかった。 群衆の中に紛れ込む、異質な動きをする者たち。 楽しむ様子もなく、鋭い視線で壁や床の構造を探っている集団。
『鑑定』。
【潜入者A】職業:異端審問官補佐(Lv.26) 【潜入者B】職業:暗殺者(Lv.28)
「……来たな。ネズミが3匹」
教団の斥候だ。 彼らはアトラクションを楽しむフリをして、地下への入り口や、僕たちの戦力を探りに来たのだろう。 だが、甘い。 ここはもう、ただの校舎じゃない。僕の「胃袋」だ。
「オペレーション開始。……エリル、配置につけ」 「ん。……狩る」
無線代わりの通信機(セリア製)から、エリルの冷たい声が返る。
「第一フロア、ガル。……客のフリをしてる『地味な男子生徒』を狙え。手加減はいらない、客へのサービスだと思わせろ」 『応ォッ! エキストラごと吹き飛ばす!』
モニターの中で、ガルが壁を突き破って出現した。 客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、潜入者Aだけが冷静にナイフを抜こうと……する前に、ガルのラリアットが炸裂した。
ドゴォッ!!
「ぐえっ!?」 「ハハハ! 怖がれェッ! 逃げ惑えェッ!」
ガルは潜入者Aの襟首を掴み、そのまま壁に叩きつけた。 客たちは「すげぇ演出!」「あのスタントマン大丈夫か!?」と大盛り上がりだ。 潜入者Aは白目を剥いて気絶。そのまま「脱落者用シューター(ダストシュート)」に放り込まれた。 処理完了。
「次は第二フロア。エリス、魔法使い風の女だ。精神耐性が高そうだが……いけるか?」 『……うふふ。私の友達が、耳元で愛を囁くわ……』
モニターの中、潜入者Bが「鏡の回廊」に迷い込んでいる。 彼女は結界を張って進もうとするが、背後から音もなく現れたエリスの死霊たちが、彼女の足首を掴み、耳元で呪詛を囁く。 潜入者Bの顔色が青ざめ、やがて泡を吹いて倒れた。 これも「お化け屋敷の演出」として処理される。完璧だ。
「残るは……一番厄介な奴か」
第三フロア。管制室の直下。 そこには、リーダー格と思われる男が進んでいた。 罠を全て回避し、最短ルートでここへ向かっている。
【潜入者C】職業:処刑人(Lv.35)
「こいつは僕とエリルでやる。……セリア、こいつを『VIPルーム』へ誘導しろ」 「了解ですわ! 特等席にご案内します!」
セリアがコンソールを操作する。 旧校舎の廊下がグニャリと歪み、リーダーの足元の床が抜け落ちた。 彼は驚異的な反応速度で壁を蹴り、落下を防ごうとしたが、天井から降ってきたプレス機(壁)に阻まれ、強制的に下の階層へ落とされた。
そこは、真っ暗な大広間。 Sクラス特製、対人戦闘用ステージ。
「……チッ、気づかれているか」
リーダーは舌打ちし、懐から短剣を抜いた。 殺気を隠そうともしない。 その瞬間。
ヒュンッ!
闇の中からナイフが飛来する。 リーダーはそれを弾くが、ナイフには「閃光魔石」が付いていた。 カッ! 強烈な光が視界を奪う。
「ぐっ……!」 「ようこそ、絶望の迷宮へ」
光が収まった時、彼の目の前には僕が立っていた。 手には、修理と改造を終えたレールガン――【雷神の槍・改】。 ただし、今回は出力を絞った「スタンモード(麻痺弾)」だ。
「ガントの息子か……! 儀式の邪魔はさせん!」 「邪魔してるのはそっちだろ。……ここは僕たちの文化祭だ」
リーダーが飛びかかってくる。速い。 だが、その背後には既に「影」が張り付いていた。
「……隙だらけ」
ドンッ! エリルが背後から膝カックンを決め、体勢を崩させる。 そこへ、僕のゼロ距離射撃。
バチィィィンッ!!
「アガガガガッ!?」
高圧電流がリーダーの全身を駆け巡る。 彼は痙攣し、煙を上げながらその場に崩れ落ちた。
「……ふぅ。いっちょ上がり」
僕は倒れた男を見下ろし、無線を入れた。 「全敵排除。……アトラクションは通常営業を継続」
『了解ですわ! ……あら、レイン様。ガルが暴れすぎて一般客が漏らしてしまいましたわ』 「それは……まあ、ドンマイだ」
僕たちは気絶したリーダーを縛り上げ、ダストシュートに蹴り落とした。 地下の倉庫には、綺麗にラッピングされた教団員が3名、転がっていることだろう。
「レイン、これ」
エリルがリーダーの懐から抜き取った手帳を渡してくる。 パラパラとめくると、そこには今夜の計画の詳細が記されていた。
【決行時刻:20:00】 【学園中央広場・特設ステージ地下】 【レオンハルトによる開会宣言の瞬間に、召喚陣を起動する】
「……場所が違う」
僕は目を見開いた。 Sクラスの地下じゃない。 奴らは、レオンハルトが立つ「表舞台」の真下で儀式を行うつもりだ。 あいつを囮にしつつ、その最も近くで、新しい勇者を呼ぶ。 皮肉で、残酷な手口だ。
「……行くぞ、エリル、セリア。店仕舞いだ」
僕は【雷神の槍】を背負い直した。 アトラクションでの遊撃戦は終わりだ。 ここからは、祭りの中心で繰り広げられる、本番の防衛戦だ。
「レオンハルトが演説を始めるまで、あと2時間。……舞台裏を掃除しに行くぞ」
窓の外、夕闇が迫っていた。 校庭ではキャンプファイヤーの準備が進んでいる。 その光と影の狭間で、異世界からの「招かれざる客」を巡る戦いが始まろうとしていた。




