【第50話:混沌のキッチン】
「……いいか、お前ら。今日のミッションは『カレー作り』だ」
家庭科室。 白く清潔なエプロン(似合わない)をつけた僕は、調理台を囲む問題児たちに向かって厳かに告げた。
「敵(食材)を殲滅するんじゃない。美味しく調理するんだ。……爆発させるなよ? 机を粉砕するなよ? 毒を入れるなよ?」
僕の注意喚起に対し、Sクラスの面々はそれぞれの解釈で頷いた。
「任せろ! 筋肉にはタンパク質! 肉を入れれば全て解決だ!」 「……ふふ、隠し味に『マンドラゴラの粉末』を……」 「料理とは化学ですわ! 火加減(火力)の調整なら任せてくださいまし!」 「……ん。切るのは得意」
不安しかない。 だが、これは授業だ。避けては通れない。 隣の調理台では、Aクラスの貴族令嬢たちが「あら、野蛮な方々はお料理できるのかしら?」「包丁で指を切らないか心配ですわね」とヒソヒソ笑っている。 ……見てろよ。Sクラスの底力を見せてやる。
「調理開始!」
僕の号令と共に、戦場が動き出した。
「うおおおおッ!! 肉の繊維を断ち切れぇぇッ!!」
ガルが牛ブロック肉(3キロ)をまな板に叩きつける。 包丁? 使わない。 彼は素手で肉を引きちぎり、握力でミンチにしている。 ワイルドすぎる。だが、早い。
「ガル、まな板まで砕くな! 弁償は自腹だぞ!」 「ぬんっ! ……すまん、野菜も握りつぶしてしまった!」
一方、野菜担当のエリルは静かだった。 彼女はジャガイモを空中に放り投げると、ミスリルの短剣を閃かせた。 シュパパパパッ! 空中で皮が剥け、一口サイズにカットされたジャガイモが鍋に落下する。 神業だ。 だが、彼女は玉ねぎを前にして動きを止めた。
「……レイン。これ、目が痛い。……毒ガス?」 「違う、成分だ。ゴーグルを貸してやるから泣くな」
そして、最大の問題児二人。
「エリス、その紫色の液体は何だ?」 「……栄養満点の、沼のヘドロ……ミネラル豊富……」 「捨てろ! 即座に廃棄だ!」
エリスが鍋に投入しようとしていた謎の液体を没収する。危うくクラス全員が食中毒(あるいは呪い)で全滅するところだった。
「セリア、お前は何をしてる?」 「火力が足りませんの。……ガスコンロなんて非効率ですわ」
セリアはコンロを無視し、鍋の下に小型の魔法陣を展開していた。
「見てくださいまし! **【極小恒星炉】**による加熱システムです! これなら3秒で煮込みが完了しますわ!」 「馬鹿野郎! 鍋が溶ける!」
ボッ!! 青白い炎が上がり、鍋底が赤熱する。 Aクラスの女子たちが「きゃああっ!?」と悲鳴を上げて逃げ惑う。
「火を弱めろ! ガル、鍋を押さえろ! エリル、水を入れろ!」 「応ォッ!」 「ん!」
ドバァッ! 冷水が一気に投入され、水蒸気爆発のような煙が家庭科室に充満する。 警報が鳴り響く中、僕は必死に鍋をかき混ぜた。 現代知識(料理スキル)と、**【魔力操作】**による味の調整。 焦げ付く寸前でマナを循環させ、味を均一化する。
「……完成だ」
数分後。 煙が晴れた調理台の上には、見た目はともかく、香ばしい匂いを放つカレーが出来上がっていた。 ただし、色は少しドス黒く、時折パチパチと魔力の火花が散っている。
「……食べるの? これ」
エリルが不安そうにスプーンを持つ。 Aクラスの連中は「あんな毒物、人間の食べ物じゃないわ」と嘲笑っている。
「食べるさ。……僕たちが作ったんだ」
僕は一口食べた。 ……辛い。 だが、その奥にガルの肉の旨味、エリルの野菜の食感、セリアの超高温調理による深み、そしてエリスの怪しいスパイスのコクが混ざり合っている。
「……美味い」
僕が呟くと、全員がおそるおそる口に運ぶ。
「うまいッ! 筋肉に染み渡る!」 「……ふふ、呪いの味がする……美味しい……」 「計算通りですわね! 分子レベルで融合しています!」 「ん。……おかわり」
あっという間に鍋が空になった。 それだけではない。 食べた直後、身体がカッと熱くなった。
『ステータス上昇を確認。STR+5、VIT+5、MP回復速度上昇(小)』
(……バフ料理かよ)
Sクラスの素材と魔力が濃縮された結果、ただのカレーがドーピングアイテムに変貌していたらしい。 Aクラスの生徒たちが、僕たちの肌ツヤが良くなり、ガルの筋肉がさらにパンプアップしたのを見て、ポカンとしている。
「ごちそうさまでした」
僕たちは手を合わせた。 騒がしくて、危険で、常識外れ。 だけど、この味が僕たちの「日常」だ。
***
放課後。 屋上で風に当たりながら、僕は缶コーヒーを飲んでいた。 エリルが隣でリンゴを齧っている。 セリアは教室で新しい兵器の設計図を引き、ガルとエリスは校庭で追いかけっこ(という名の戦闘訓練)をしている。
「……平和だな」 「ん。……ずっと、こうならいいのに」
エリルがポツリと言う。 黒の塔での死闘が嘘のような穏やかな時間。 だが、僕たちは知っている。 この平穏が、薄氷の上に成り立っていることを。 教団は必ず動く。黒騎士も傷を癒やして戻ってくるだろう。
「守り抜くさ。……この騒がしい居場所を」
僕は空を見上げた。 王都の空は青い。 だが、その向こうにはまだ見ぬ脅威と、集めるべき機神のパーツが待っている。
「さて、そろそろ行くか」 「どこへ?」 「生徒会室。……レオンハルトに『貸し』を作りにな」
僕は空き缶を握り潰した。 日常パートは終わりだ。 次は、学園全体を巻き込む巨大なイベント――「星詠み祭」の準備が始まる。 そこが、次なる戦場だ。




