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【第49話:現金な筋肉】

「おい委員長! 話が違うぞ!」


ガルがバンッと机を叩く。その腕は包帯だらけだ。


「地下にプロテインがあるって言ったよな!? なんだあいつは! 俺の大胸筋が断裂寸前だったんだぞ! Lv.80のバケモノと殴り合うなんて聞いてねぇ!」


「……そうよ。死相が見えるどころか、三途の川で亡者が手を振ってた……。あんな怖いおじさん(黒騎士)、私の呪いじゃ耐えきれない……」


エリスも青ざめた顔でガタガタと震えている。 もっともだ。 事情を知らない彼らを、僕の個人的な戦争に巻き込み、死にかけさせた。 本来なら土下座でも足りない案件だ。


だが、僕は彼らの扱い方を熟知している。 謝罪の言葉よりも、もっと重みのある「誠意」が必要だ。


「……悪かった。想定外の強敵だった」


僕は懐から、二つの革袋を取り出した。 中には、黒の塔の報酬と、王都に来る前に父さんから貰った餞別の残り。 それぞれに**【金貨10枚】**が入っている。 一般兵士の年収に匹敵する大金だ。


ドサッ。 机の上に置かれた袋の重さに、二人の動きが止まる。


「これは?」 「特別危険手当だ。……口止め料も含んでる」


僕は淡々と言った。


「ガル。金貨10枚あれば、最高級のワイバーンの肉が一年分買えるぞ」 「なっ……!?」 「エリス。王都の裏路地にある怪しい店で、特級の呪術触媒(干し首とか)が揃えられるはずだ」 「……!」


二人の目が、金貨のように輝いた。 ガルが袋をひったくるように掴む。


「……ま、まあ? 俺の筋肉も、強敵との戦いでパンプアップしたと言っているしな! 良い経験だったと認めてやろう!」 「……うふふ。これがあれば、藁人形をアップグレードできる……。許す、レインくん……」


チョロい。 現金すぎるクラスメートたちに呆れつつも、僕は安堵した。 これでSクラスの結束(金銭による)は保たれた。


「今日は解散だ。二人とも、いいもん食って寝ろ」


ガルとエリスはホクホク顔で教室を出て行った。 残されたのは、事情を知る「共犯者」の三人だけ。


僕、エリル、そしてセリア。 教室に静寂が戻る。 僕は窓際の席に座り、大きく息を吐き出した。


「……さて。反省会と今後の方針を決めようか」


「ええ。まずは……」


セリアが眼鏡の位置を直し、真剣な表情で切り出した。


「私の『正体』について、ですわね」


彼女の声は震えていない。 地下での覚醒を経て、彼女は吹っ切れたようだった。


「私は機神を動かすためのスペア……作られた存在でした。ですが、今はミーミル(オリジナル)の制御権を奪いましたわ。つまり」


彼女はニヤリと不敵に笑った。


「私が機神カミサマの頭脳ですのよ。文句あります?」 「ないよ。頼もしい限りだ」


僕は苦笑した。 アイデンティティの危機を、傲慢さで乗り越えるとは。さすが公爵令嬢だ。


「ミーミルとの接続は維持してるのか?」 「ええ。ただし、常時接続は脳への負担が大きすぎます。必要な時だけアクセスして、学園の防衛システムをハッキングする形になりますわ」


これは大きい。 学園の地下に眠る防衛兵器を、僕たちが自由に使えるということだ。 いざとなれば、教団が攻めてきても「学園そのもの」を武器にして戦える。


「問題は、あいつだ」


エリルが低い声で呟く。 彼女は窓の外、王都の街並みを睨んでいた。


「黒騎士。……逃げられた」 「ああ。あいつは父さんの顔を知っていた。間違いなく、父さんを石化させた実行犯であり、教団の幹部だ」


僕たちが撃退したのは事実だが、トドメは刺せなかった。 彼は転移魔法で逃げた。 つまり、今頃は教団の本部に「レインたちが機神の制御権を奪った」という情報が伝わっているはずだ。


「向こうも本気で潰しに来るだろうな。……暗殺、誘拐、あるいは学園への政治的圧力」 「受けて立ちますわ。お父様(公爵)にも根回しをしておきます。アルライド家の権力と、Sクラスの武力があれば、そう簡単に手出しはできません」 「ん。近づく奴は、全員斬る」


二人の言葉に迷いはない。 僕たちはもう、後戻りできないところまで来ている。


「方針は3つだ」


僕は指を立ててまとめた。


1.戦力の底上げ 「Lv.20台じゃ話にならない。黒騎士はLv.50、ヘカトンケイルはLv.80だった。僕たちも最低Lv.40までは上げないと、次は殺される」 → ヴァン先生の特訓継続と、高難易度ダンジョンへの挑戦が必要だ。


2.残りのパーツの確保 「マザーのメモリにあった地図。残りの『胴体』『右腕』『左脚』……教団より先にこれを見つける。機神を完成させるのは、奴らじゃなく僕たちだ」 → ただし、これには長期の遠征が必要になる。今はまだ学園を離れられない。


3.レオンハルトとの連携 「黒騎士を逃したのは痛いが、奴の正体に迫るヒントはある。……レオンハルトだ」


僕の言葉に、エリルが眉をひそめた。


「勇者? ……信用できる?」 「完全にはな。だが、彼も教団に家族(妹)を人質に取られている被害者だ。黒騎士の正体を知れば、彼も動くはずだ」


黒騎士の兜の下の素顔。 そして、教団の真の目的。 それを暴くには、内部にいるレオンハルトの情報が必要不可欠だ。


「まずは学園を拠点ベースにして、力を蓄える。……近々、大きなイベントがあるはずだ」


「イベント? 学園祭のことですの?」 「ああ。『星詠み祭』。……人が集まる場所には、必ず悪意も集まる。教団が動くならそこだ」


僕は予感していた。 この平穏な学園生活は、そう長くは続かない。 黒騎士のリベンジ、教団の刺客、そして機神を巡る暗闘。 すべてが交錯する時が来る。


「……面白くなってきましたわね」 「ん。レインがいれば、負けない」


僕たちは拳を合わせた。 金で雇った筋肉と呪い。 運命を共にする天才と暗殺者。 そして、世界のバグである僕。


Sクラスという最強の隠れ蓑を使って、僕たちはこの世界への反撃準備を開始した。

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