【第48話:私は私】
「抵抗は無意味だ。……ガントの息子よ、父と同じように石像となり、教団の礎となれ」
黒騎士が一歩踏み出す。 たったそれだけで、部屋の空気が鉛のように重くなった。 Lv.50。 先ほどのヘカトンケイル(Lv.95・暴走)は「機械的な強さ」だったが、こいつは違う。 明確な殺意と、磨き上げられた技術を持った「人間」の強さだ。
「ガル、時間稼ぎだ! 1秒でも長く耐えろ!」 「応ォッ! 筋肉は裏切らねぇ!!」
ガルが砕けた盾の破片を両手に持ち、突進する。 黒騎士は大剣を片手で軽く振るった。
ゴァッ!
風圧だけでガルが吹き飛び、壁に叩きつけられる。 石化の呪いがガルの腕を侵食し、灰色の結晶が広がっていく。
「ぐ、あぁ……腕が……!」 「次はお前だ、死霊使い」
黒騎士の視線がエリスに向く。 エリスが悲鳴を上げ、影を盾にするが、呪いの大剣は影ごと空間を切り裂く勢いで迫る。
「させない!」
エリルが横から飛び込む。 ミスリルの短剣で大剣の側面を叩き、軌道を逸らす。 だが、重すぎる。 キンッ! という音と共に短剣が弾き飛ばされ、エリル自身も蹴り飛ばされた。
「ぐぅ……!」
Sクラスの前衛が、わずか数秒で壊滅した。 僕とセリアの前に、黒騎士が立つ。 兜の奥から、冷酷な光が僕たちを見下ろしている。
「終わりだ。……その娘は回収する。機神の覚醒には必要なパーツだ」
黒騎士の手が、セリアに伸びる。 セリアは震えていた。 恐怖ではない。怒りで。 彼女は自分の頬を両手で叩き、眼鏡の位置を直すと、僕に向かって叫んだ。
「レイン様! 30秒……いえ、10秒稼いでくださいまし!」 「10秒だな。……死んでも守る!」
僕は**【雷神の槍】**を構えた。 もう弾はない。マナも空だ。 だが、ハッタリにはなる。 僕は壊れかけた砲身に、生命力(HP)を変換したマナを無理やり流し込んだ。 バチバチと火花が散り、砲身が赤熱する。
「自爆する気か? 愚かな」 「やってみなきゃ分からないさ!」
僕は砲身を槍のように突き出し、特攻した。 黒騎士が迎撃の構えを取る。 その瞬間、僕は砲身内のコンデンサを暴発させた。
『強制排熱』!
ブワァァァッ! 高熱の蒸気とプラズマが噴き出し、目くらましとなる。 黒騎士が一瞬たじろぐ。 その隙に、背後のセリアが動いた。 彼女は杖を捨て、両手を広げて培養槽のガラスに貼り付いた。 中の少女――ミーミルと、額を合わせるようにして。
「聴きなさい、ポンコツ1号! そして場所を空けなさい!」
セリアの魔力が、物理的な光となってケーブルを伝い、ミーミルへと逆流する。
『……警告。外部からの強制同期。自我境界の侵食を確認』 『黙りなさい! 私がオリジナルですわ! あなたこそ私の「予備」になりなさい!』
セリアの叫びは、呪文詠唱ではない。 魂の叫びだ。 電脳空間で、二つの意識が衝突する。 「世界を救うためのシステム」としての冷徹なミーミル。 「レインと明日も馬鹿騒ぎするための人間」としての強欲なセリア。
勝負は一瞬だった。 「システム」が、「欲望」に勝てるわけがない。
『……論理エラー。個体名セリアの感情値、計測不能。……制御権限、譲渡』
パリンッ! 培養槽のガラスにヒビが入る。 次の瞬間、部屋中のモニターが一斉に「赤」から「青」へと変わった。 壁面のサーバーラックが唸りを上げ、床のラインが輝き出す。
「……な、何をした?」
黒騎士が異変に気づき、振り返る。 そこには、全身から青白い粒子を噴出させ、髪を逆立たせたセリアが立っていた。 彼女の背後には、空中に投影された無数のホログラムウィンドウ。 その全てに、**【MASTER: CELIA】**の文字が踊っている。
「……私の庭で、好き勝手してくれましたわね、三流騎士」
セリアが指を鳴らした。 パチンッ。
『防衛システム・フルアクセス。対象:黒騎士。……排除開始』
ズガガガガガッ!!
部屋の天井、壁、床。 あらゆる場所から隠されていた銃門が展開し、一斉射撃を開始した。 実弾ではない。高密度のマナ・レーザーだ。
「ぬぅッ!?」
黒騎士が大剣を回転させ、レーザーを弾く。 だが、数が違う。 数百、数千の光線が、雨のように降り注ぐ。
「小賢しい! こんな豆鉄砲で!」 「豆鉄砲? ……では、これはどうですの?」
セリアが指揮者のように腕を振るう。 部屋の奥、機神のメンテナンス用アームが起動した。 オリハルコン製の巨大なアームが、音速で黒騎士に叩きつけられる。
ドゴォォォン!!
「グゥアッ……!?」
黒騎士が吹き飛ばされ、壁に激突する。 Lv.50の防御力をもってしても、機神(Lv.???)の質量攻撃は防げない。
「まだですわ! これも! あれも! 全部食らいなさい!」
セリアは笑っていた。 完全にキマっている。 彼女の指先の動きに合わせて、床から電撃が走り、天井から重力プレスが落下し、空間そのものが黒騎士を圧殺しようと歪む。
「お前は……何なんだッ!?」
黒騎士が悲鳴に近い声を上げる。 彼は見たのだ。 ただの令嬢ではない。古代兵器そのものと一体化し、それを手足のように操る「魔女」の姿を。
「私? ……私はセリア・フォン・アルライド!」
彼女はスカートの裾を摘み、優雅に、かつ傲慢にカーテシーを決めた。
「レイン様に選ばれた、世界最高の天才ですわ!!」
『最終術式:極大消滅砲・充填率120%』
培養槽の上部に、太陽のような光球が出現する。 直撃すれば、この地下施設ごと蒸発しかねないエネルギー。
「……チッ、化け物め!」
黒騎士は悟った。 これ以上は死ぬ、と。 彼は懐から転移水晶を取り出し、床に叩きつけた。
「覚えていろ……! 次は軍勢を率いて叩き潰す!」
空間が歪む。 黒騎士の姿が、光の中に消えていく。
「逃がしませんわーーッ!!」
セリアが光球を放つ。 極太のレーザーが転移の残滓を貫き、空間ごと焼き払う。 ドオオオオオオッ!! 地下施設が激しく揺れ、瓦礫が崩れ落ちる。
黒騎士は消えた。 恐らく、手傷を負って逃げたのだろう。
「……勝ち、ましたわ……」
セリアがガクンと膝をつく。 ホログラムが消滅し、部屋の照明が通常に戻る。 彼女は荒い息を吐きながら、へたり込んだ僕の方を向き、ニカッと笑った。 鼻血が出ていたが、今までで一番綺麗な笑顔だった。
「レイン様……私、勝ちましたわよ。部品じゃ、ありませんわ」 「……ああ。最高だったよ、セリア」
僕は這いずって彼女に近づき、その体を支えた。 彼女の体は熱く、魔力回路が焼き切れそうになっていた。 無茶をしやがって。
カプセルの中では、ミーミルが再び眠りについていた。 だが、その表情は心なしか安らかに見えた。 主導権はセリアにある。 僕たちは、機神の脳を「味方」につけたのだ。
「……帰ろう。先生に見つかる前に」
倒れているガルとエリス、エリルを起こす。 全員ボロボロだが、生きていた。 僕たちは肩を貸し合い、崩壊寸前の地下施設から脱出した。
手に入れたのは、機神の制御権と、最強のヒロインの覚醒。 そして、教団との全面戦争への切符。 学園生活は、まだ始まったばかりだ。




