【第47話:硝子の中の双子、作られた天才】
重厚な扉の向こうに広がっていたのは、静謐な青い空間だった。 壁一面を埋め尽くすサーバーラック。 床を這う無数のケーブル。 そして、部屋の中央に鎮座する、高さ10メートルほどの巨大な円筒形の培養槽。
「……綺麗」
エリスが息を呑む。 カプセルの中は、発光する羊水のような液体で満たされていた。 そして、その中心に「それ」は浮かんでいた。 無数のコードを身体に繋がれ、胎児のように丸まった、一人の少女。
銀色の髪。 透き通るような肌。 整った顔立ち。
「……嘘、でしょう?」
セリアの声が震えた。 彼女はふらふらとカプセルに歩み寄り、ガラスに手を触れた。 無理もない。 液の中に浮かぶ少女は、セリアと瓜二つだったのだ。 まるで鏡を見ているかのように。
「……レイン、あれ、セリア?」 「いや、違う。……あれが『機神の脳』だ」
僕はカプセルの基部にあるプレートを読み上げた。
【Project ADAM - Unit 01 "MIMIR"】 【状態:コールドスリープ中】 【稼働時間:300年】
300年前。 つまり、この少女は古代からずっと、ここで眠り続けている。 機械の中に組み込まれた、生きた部品として。
ブゥン……。 カプセルが低く唸り、中の少女がゆっくりと瞼を開けた。 その瞳は、セリアと同じアメジスト色。 だが、感情の光は一切なく、カメラのレンズのように無機質だった。
『……生体反応確認。……アクセスコード照合』
脳内に直接響く声。 少女の口は動いていない。思念伝達だ。
『……Unit 02(セリア)。帰還を確認しました』
「……え?」
セリアが凍りつく。 Unit 02。 そう呼んだのか? 今。
『データ同期を開始します。……予備個体としての成長記録、および魔力回路の成熟度を確認。……合格ラインです。いつでも生体交換可能』
「な、何を言っていますの……? スペア? リプレイス? 私はセリア・フォン・アルライド……アルライド公爵家の娘で……」
セリアが後退る。 だが、ガラスの中の少女は残酷な事実を淡々と告げた。
『否定します。アルライド公爵家は、機神の管理を任された監視者に過ぎません。……あなたは、私が機能不全に陥った際に、代わりの脳となるために製造されたクローン体です』
「……っ!」
セリアが膝から崩れ落ちる。 僕たちが言葉を失う中、ミーミルは続けた。
『銀色の髪は、オリハルコンとの接続効率を高めるため。膨大な魔力は、機神を動かす演算処理に耐えるため。……あなたの才能も、美貌も、性格も。すべては「部品」として設計されたものです』
沈黙が支配した。 残酷すぎる真実。 セリアが誇っていた「天才魔導師」としての自分。 「真理を探究する」という高潔なプライド。 それら全てが、最初からプログラムされた設定だったとしたら?
「……嘘ですわ。お父様は、私を愛して……厳しくも優しく……」 『愛情という感情プロセスは、育成効率を上げるための演出です』
「あああああああッ!!」
セリアが絶叫し、床を叩いた。 涙が溢れ出し、止まらない。 ガルやエリスも、かける言葉が見つからずに立ち尽くしている。
僕は静かにセリアの隣にしゃがみ込み、彼女の震える肩に手を置いた。
「……セリア」 「触らないでくださいまし! ……私は、人間ですらありませんでしたのよ!? ただの部品! スペア! あなたが探していた『遺産』そのもの!」
彼女は僕の手を振り払おうとした。 その瞳には、深い絶望と自己否定の色が宿っていた。
「レイン様……私を壊してください。機神を止めるのでしょう? 私も、あれと同じなら……将来、世界を滅ぼす敵になるかもしれませんわ」
震える声での懇願。 僕はため息をつき、彼女の頭をガシッと掴んだ。 そして、無理やり顔を上げさせた。
「……バカか、お前は」 「なっ……!?」 「部品? クローン? だから何だ」
僕はガラスの中のミーミルを指差した。
「あいつはお前と同じ顔をしてるが、決定的に違うものが一つある」 「……違い?」 「あいつは『爆発する紅茶』なんて馬鹿なもん作らないし、タワシを自動追尾させようともしない。……好奇心も、食い意地も、僕へのウザ絡みもない」
僕はニヤリと笑った。 設計図が同じでも、中身は別物だ。
「お前が積み上げた知識も、変態的な実験も、全部お前自身が選んでやったことだろ? プログラムで『変態になれ』なんて命令されるわけがない」 「へ、変態じゃありませんわ!」 「そうだ。お前はただの、マッドサイエンティストの公爵令嬢だ。……生まれが試験管だろうが腹の中だろうが、今の『セリア』という人格は、誰にも予測できなかったオリジナルだ」
セリアがポカンと口を開ける。 そして、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……レイン、様……」 「それに、部品だと言うなら好都合だ。……機神の制御権、お前が奪え」
僕はミーミルを睨みつけた。
「おい、ポンコツ01号。スペア扱いしてくれた礼はさせてもらうぞ。……セリアは僕の所有物(共犯者)だ。部品として組み込まれるんじゃなく、操縦者として君を使う」
『……イレギュラーな思考。理解不能』
ミーミルが初めて感情のような動揺を見せた。
「セリア、泣いてる暇があったら解析しろ。自分自身の設計図だろ? ……ハッキングして、この機神を僕たちの下僕にしてやるんだ」
僕の言葉に、セリアは袖で涙を乱暴に拭った。 眼鏡をかけ直し、キッとミーミルを睨み返す。 その瞳には、いつもの狂気的な探究心が戻っていた。
「……そうですわね。私が部品だと言うなら、本体以上の性能を見せつけてやればいいだけのこと。……レイン様、覚悟はよろしくて? 私はもう、お父様(公爵)の人形ではありませんわ」
彼女は立ち上がり、杖を突きつけた。
「私はセリア! Sクラスの天才魔導師にして、レイン・ルイスの最高の共犯者ですわ!!」
空間のマナが震える。 セリアの覚醒。 その時、ミーミルの瞳が赤く点滅し、警告音が鳴り響いた。
『警告。外部からの強制介入を確認。……防衛システム、突破されました』 「え?」
僕たちが身構える間もなく、部屋の入り口から拍手が聞こえた。
「――素晴らしい。感動的な家族の再会だね」
振り返ると、そこには黒い影があった。 漆黒の鎧。フルフェイスの兜。 そして、手には石化の呪いを帯びた大剣。 教団最強の処刑人。
【黒騎士】(Lv. 50)
「まさか、ここまで辿り着くとは。……ガントの息子よ、父に似てしぶといな」
兜の奥から、低く歪んだ声が響く。 最悪のタイミングでの乱入者。 だが、僕たちはもう、ただ怯えるだけの子供じゃない。
「Sクラス、戦闘配置!」
僕の号令と共に、傷だらけの仲間たちが武器を構える。




