【第45話:禁断の錬金】
ヴァン先生の地獄の特訓から一週間。 僕たちの身体は、悲鳴を上げつつも確実に進化していた。 だが、それだけでは足りない。 ヘカトンケイルの装甲は「オリハルコン合金」。物理・魔法耐性99%。 生半可な攻撃では、蚊が刺したほどにも感じないだろう。
「……だから、これを作る」
放課後の実験室(セリアの私物化スペース)。 僕は黒板に一つの設計図を描き出した。 二本の伝導レールと、その間を走る電流、そしてローレンツ力による加速ベクトル。 前世の知識、「電磁投射砲」の理論だ。
「……なるほど。雷属性のマナを磁場に変え、金属弾を亜光速まで加速させる……。恐ろしい発想ですわ」
セリアが眼鏡を光らせ、設計図を食い入るように見つめる。
「ですがレイン様、理論は完璧でも『素材』が持ちませんわ。これだけのマナ加速に耐えられる金属など、ミスリルでも一発で蒸発します」 「ああ。だから、あれが必要なんだ」
僕は窓の外、学園の中央にそびえる「記念講堂」を指差した。 そこの最上階にある「宝物庫」。 そこには、学園の創設者が使っていたとされる**【聖剣エクス(レプリカ)】が展示されている。 レプリカとはいえ、その刀身は純度100%の『オリハルコン』**で出来ているという噂だ。
「……まさか、盗むつもりですの?」 「借りるだけさ。世界を救った後に、新品(別の形)にして返す」 「……共犯者ですわね。ゾクゾクしますわ!」
セリアが悪魔的な笑顔を浮かべる。 エリルは無言でナイフを研ぎ、「……泥棒、得意」と呟いた。 Sクラスに倫理観を求めてはいけない。
***
深夜2時。 僕たちは黒ずくめの格好で、記念講堂の屋根裏に侵入していた。 警備のゴーレムは、僕の**【マナ妨害】とエリルの【隠密】**で完全にスルーした。
「ここだ」
宝物庫の厳重な扉の前。 セリアが取り出したのは、鍵開け道具ではなく、怪しげな液体の入った小瓶だった。
「私の特製『溶解液(アシッド・スライムの濃縮液)』ですわ。魔法錠ごと溶かします」 「豪快だな……」
ジュワワ……という音と共に、頑丈な鍵が飴細工のように溶け落ちる。 扉が開く。 部屋の中央、ガラスケースの中に、それは鎮座していた。 白銀に輝く刀身。神々しいまでのマナを放つ聖剣。
【聖剣エクス(レプリカ)】 材質:オリハルコン 価値:国宝級
「……レイン、これ、高い」 「ああ。バレたら退学どころか極刑だ」
僕は躊躇なくガラスケースを切り裂き、聖剣を掴み取った。 ずしりと重い。 だが、感傷に浸っている暇はない。
僕は懐から、ある「塊」を取り出した。 それは、購買部で買ってきた安物の**「魔力粘土」**を、実験の失敗作に見せかけて紫色に染め、鉛を混ぜて重さを調整した偽物だ。
「……鑑定」
オリハルコンの重量と、表面から放たれるマナの波長を解析する。 そして、紫色の偽物に、僕の魔力で同じ波長のマナを薄くコーティングした。
(重量はほぼ同じ。マナの波長も、表面上は偽装した。……高ランクの錬金術師が触れば一発でバレるが、見た目だけなら誤魔化せる)
僕たちは聖剣を布に包み、闇に紛れて運び去った。
***
「さあ、始めますわよ!」
実験室の炉に火が入る。 ここからは時間との勝負だ。 オリハルコンは通常の炎では溶けない。 セリアが高火力の**【恒星炎】を炉に注ぎ込み、僕が【魔力操作】**で融点を強制的に下げる。 国宝級の聖剣が、ドロドロの銀色の液体へと変わっていく。 それを見ていたエリルが「……バチが当たりそう」と呟いたが、無視だ。
「型に流し込め! 冷却術式、展開!」
僕たちは夜を徹して、新たな「形」を打ち出した。 剣ではない。 二本の長いレールと、それを固定する重厚なフレーム。 そして、僕の魔力をダイレクトに変換するための接続グリップ。 無骨で、凶悪で、美学の欠片もない鉄塊。
夜明け前。 ついに「それ」は完成した。 まだ熱を帯びている銀色の砲身を、僕は手にとった。
【試作魔導兵器:雷神の槍】 分類:携帯型電磁投射砲 材質:オリハルコン 威力:測定不能(貫通特化) 備考:使用者のマナを弾丸として射出。反動で肩が砕ける可能性あり。
「……できた」 「美しい……これぞ魔導工学の極致ですわ!」
セリアがうっとりと砲身を撫でる。 重い。今の僕の筋力では、構えるだけで精一杯だ。 だが、これなら。 あの「物理・魔法耐性99%」の壁を、理屈ごとぶち抜ける。
「試し撃ちといくか」
僕たちはふらつく足で、校舎裏の森(ヴァン先生との特訓場所)へ向かった。 標的は、森の奥にある巨大な岩。 僕は砲身を構え、魔力を充填した。
キィィィィン……!
空気が震える。 オリハルコンのレールが青白く発光し、周囲の小石が浮き上がる。 マナの圧縮率は、魔力測定器を壊した時の比ではない。
「……吹き飛べ」
引き金を引く。
ズドンッ!!!!!
轟音と共に、青い閃光が奔った。 反動で僕の身体が数メートル後方へ吹き飛ばされ、エリルに受け止められる。 土煙が晴れた後。 そこには、岩なんてなかった。 岩があった場所から、その後ろの森の木々が数百メートルにわたって消滅し、地面には抉れたような一直線の溝が刻まれていた。
「……あーあ」
エリルが口を開けて固まっている。 セリアは爆笑している。 僕は痺れた右腕をさすりながら、ニヤリと笑った。
「威力は十分。……だけど、一発撃ったらガス欠だ」 「マナポーションを山ほど持っていきますわ! ガルに予備バッテリー(魔石)を背負わせましょう!」
これで準備は整った。 戦力は足りない。 だが、火力なら神にも届く。
「行くぞ。今夜が決行だ」
僕たちは朝日の中で拳を突き上げた。 門番の排除。そして、その奥に眠る「機神の脳」への接触。 学園の地下で、歴史が変わる音がしようとしていた。




