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【第44話:処刑人の教室】

翌日の放課後。 Sクラスの教室は、葬式のような重い空気に包まれていた。 昨日の「ヘカトンケイル」との遭遇。その圧倒的な絶望感が、未だに全員の脳裏に焼き付いている。


ガララッ。


引き戸が開き、いつものようにヴァン先生が入ってきた。 手には酒瓶。気怠げな目。 だが、今日は違った。 彼女は教卓に立つと、無言で教室の・・をかけた。 カチャリ、という金属音が妙に大きく響く。


「……先生?」


僕が声をかけると、彼女は酒瓶を煽り、ドンと机に置いた。


「おい、クソガキども。……昨日の『掃除』、随分と念入りだったなぁ?」


ギクリとする。 全員の肩が跳ねた。


「床板の隙間から漂う『オリハルコン・グリス』の臭い。……あれは地下300メートル以下の古代層でしか使われてねぇ代物だ。教室の埃の臭いじゃねぇぞ」


バレていた。 僕の隠蔽工作(言い訳)など、百戦錬磨の彼女には通用していなかったのだ。 ヴァン先生の全身から、ゆらりと濃密なマナが立ち上る。 それは僕たちが地下で感じた「死」の気配に近い。


「……先生は、教団サンクチュアリの人間ですか?」


僕は腹を括り、単刀直入に聞いた。 もしそうなら、ここで全員で殺し合うしかない。 ヴァン先生は僕を一瞥し、鼻で笑った。


「昔はな。……『異端審問官』って知ってるか? 教団の汚れ仕事専門の掃除屋だ。俺はそこの筆頭だった」


教室に戦慄が走る。 異端審問官。教団に逆らう者を闇に葬る、生ける都市伝説。 やはり、レオンハルトの忠告は本当だった。


「……だが、今はただの教師だ。酒と退職金でのんびり暮らしてる」


彼女はニヤリと笑い、腰のベルトを緩めた……かと思うと、それを鞭のようにパチンと鳴らした。


「お前らが地下で何を見たか、何に喧嘩を売ろうとしてるかは知らん。……だがな、今のままじゃ『犬死に』だ。俺の生徒がミンチになるのを見るのは、酒が不味くなるんでね」


敵ではない。 だが、味方というにはあまりに凶暴な瞳。


「立て。全員、裏山へ来い。……『補習』だ」


***


校舎裏の森。 人払いの結界が張られた空間で、ヴァン先生はジャージの上着を脱ぎ捨て、タンクトップ姿になった。 その腕や背中には、無数の古傷が刻まれている。


「ルールは簡単だ。……俺を『殺す気』で来い。5分間、一人でも立っていられたら合格だ」


Lv.55の元処刑人 vs Lv.20前後のSクラス5人。 数値だけ見れば、昨日のヘカトンケイル(Lv.80)よりはマシに見える。 だが、対人戦闘においては、機械よりも人間の方が遥かに厄介だ。


「行くぞオォォッ! 筋肉旋風!!」


ガルが先陣を切る。 単純だが強力な突進。 ヴァン先生はあくびをしながら、ガルの拳を片手で受け止めた。 ドォン! という衝撃音。だが、彼女は一歩も動かない。


「力任せすぎだ。……筋肉はな、『流れ』を作るためにあるんだよ」


彼女は手首を軽く捻った。 それだけでガルの巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。 合気道に近い技術。だが、それを支える基礎ステータスが段違いだ。


「呪いあれ……『影縫い』……」


エリスが影から黒い棘を伸ばす。 ヴァン先生はステップすら踏まない。ただ、足元の地面を強く踏みしめた。 【震脚】。 衝撃波が地面を伝わり、エリスの影の術式を物理的に粉砕する。


「術式が遅ぇ。呪う前に呪い殺されるぞ」


「セリア、エリル、合わせろ!」


僕が指揮を執る。 セリアの閃光魔法で目潰しをし、その影からエリルが最速の刺突を放つ。 同時に僕が死角から**【風弾】**による狙撃。 完璧な連携だ。


「……悪くない」


ヴァン先生が初めて笑った。 彼女は目を閉じたまま、首を僅かに傾けて僕の弾丸を回避。 同時に、エリルの短剣を指二本・・・で挟んで止めた。


「なっ……!?」 「だが、殺気が綺麗すぎる。……教科書通りの殺意じゃ、古狸は狩れねぇよ!」


彼女はエリルの短剣を弾き飛ばし、回し蹴りでセリアの障壁を粉砕した。 そして、僕の目の前に瞬間移動(縮地)した。


「レイン。お前は頭がいい。……だが、考えすぎだ」


ドゴッ!! 鳩尾みぞおちに強烈な拳が入る。 意識が飛びそうになる激痛。


「思考する隙間ラグが命取りだ。……脳で考えるな。脊髄で『視ろ』。あのデカブツ(ヘカトンケイル)の攻撃を躱したきゃ、思考を捨てろ!」


僕の身体が吹き飛び、泥の上を転がる。 5分後。 そこには、ボロ雑巾のように倒れ伏したSクラスの全滅死体(仮)が出来上がっていた。


「……ふぅ。運動不足だな」


ヴァン先生は息一つ切らさず、酒瓶を煽った。 圧倒的だった。 魔法の威力も、身体能力も、そして何より「経験値」が違う。 これが、大人の戦い方。


「……いってぇ……」


僕は泥だらけで身を起こした。 痛みで身体が悲鳴を上げている。だが、不思議と心は折れていなかった。 見えたのだ。 彼女の圧倒的な暴力の裏にある、「生存への最適解」が。


「へぇ、まだ立てるか。……いい根性だ」


ヴァン先生が口元を拭い、僕を見下ろす。


「いいか。地下の番人ヘカトンケイルは『防御』と『火力』の化け物だ。まともにやり合えば勝ち目はない。……だが、奴は機械だ。俺みたいな『意地悪』はしてこねぇ」


彼女は僕の胸ぐらを掴み、引き寄せた。


「レイン。お前の『眼』と『小細工』……あれを極めろ。正攻法で勝つ必要はねぇ。……システムを狂わせて、自滅させろ。それが『弱者の兵法』だ」


その言葉は、僕がずっと模索していた戦い方の核心を突いていた。 そうだ。僕は勇者じゃない。 正面から殴り合って勝つ必要なんてない。


「……ありがとうございます、先生」 「礼はいい。……明日もやるぞ。お前らが死ななくなるまで、徹底的にしごいてやる」


ヴァン先生は僕を放り出し、背を向けた。 その背中は、酒臭かったが、父さんと同じくらい大きく、頼もしかった。


「……やってやるよ」


ガルが唸り、エリスがゆらりと立ち上がる。 セリアとエリルも、悔しげに泥を拭っている。 Sクラスの誰も、諦めていなかった。 最強の師匠スパーリングパートナーを得て、僕たちは「ヘカトンケイル攻略」への糸口を掴んだのだ。

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