【第43話:絶望の門番】
地下への階段を降りきった先に広がっていたのは、広大なドーム状の空間だった。 壁一面に埋め込まれた冷却パイプ。床を這う極太のケーブル。 そして、その中央に鎮座する、巨大な鋼鉄の門。 「機神の脳」へと続く、最後の関門だ。
「……おいおい、でけぇな。こいつをぶっ壊せばいいのか?」
ガルが腕を鳴らし、無邪気に門へと歩み寄る。
「待て、ガル! 何かおかしい!」
僕の静止は、一瞬遅かった。 ガルの足が、床に引かれた黄色いラインを踏み越えた瞬間。 天井から「それ」は降ってきた。
ズドンッ!!
重落下音と共に、ガルの目の前に着地した黒い鉄塊。 全高3メートル。人型をしているが、腕が4本ある。 それぞれの手に、大剣、戦槌、ガトリング砲、そして大盾を持っている。 全身から放たれるマナの密度が、空気を歪ませている。
『侵入者検知。……排除レベル:最大』
『鑑定』!
僕は反射的にスキルを発動し、そして絶句した。
【機神守護ユニット:ヘカトンケイル】 Lv. 80 装甲:オリハルコン合金(物理・魔法99%カット) 状態:完全稼働
「……Lv.80!?」
父さん(Lv.46)の倍近い。黒竜王(Lv.180)には及ばないが、今の僕たちにとっては「死」と同義だ。 勝てない。 絶対に、どうあがいても、今の戦力では傷一つつけられない。
「うおおおおッ! 邪魔だぁぁぁッ!!」
ガルが咆哮し、全力の正拳突きを放つ。 岩をも砕く一撃が、ヘカトンケイルの大盾に直撃する。 カァンッ……。 軽い音。 大盾はピクリとも揺るがない。 逆に、ヘカトンケイルの戦槌を持った腕が、目にも止まらぬ速さで振るわれた。
「ガッ……!?」
ガルがボールのように吹き飛ばされ、壁に激突する。 Lv.18の彼が、一撃で白目を剥いて沈黙した。即死していないのは、彼が異常に頑丈だからだ。
「ヒッ……! 死相が……真っ黒……!」
エリスが悲鳴を上げて座り込む。 彼女の死霊たちも、恐怖で霧散してしまった。
「撤退だ!!」
僕は叫んだ。 迷っている暇はない。1秒迷えば全滅する。
「エリル、煙幕! セリア、最大出力の障壁を張って後退しろ! ガルを回収するんだ!」 「りょ、了解ですわ! 【聖域の盾】!」 「……逃がさない!」
エリルが発煙筒代わりの爆裂弾を投げつける。 白煙が充満する中、ヘカトンケイルのガトリング砲が唸りを上げる。 ダダダダダダッ! セリアの障壁が紙のように削り取られていく。
「ぐぅっ……! 重すぎますわ!」
僕たちはガルの襟首を掴んで引きずり、階段へと走った。 追ってくる足音が重い。 だが、奴は「門番」だ。一定のエリアからは出ないはずだ。 その読み通り、階段の中腹まで登ると、ヘカトンケイルは追撃をやめ、無機質な瞳でこちらを見上げていた。
『対象ロスト。……警戒モードへ移行』
「……はぁ、はぁ……助かった……」
僕たちは階段を駆け上がり、Sクラスの教室へと転がり込んだ。 全員、冷や汗でびしょ濡れだ。 だが、休んでいる暇はない。
「急げ! ヴァン先生が戻ってくる!」
現在時刻は放課後。いつあの酒クズ教師が見回りに来てもおかしくない。 もしこの地下通路が見つかれば、僕たちは退学どころか、消されるかもしれない。
「セリア、魔導工学でハッチをロックしろ! 痕跡を残すな!」 「わ、わかっていますわ! ……再封印術式、展開!」 「ガル、起きろ! お前の馬鹿力で床板を戻すんだ!」 「う……うぅ……筋肉が痛い……」
フラフラのガルを蹴り飛ばし、無理やり床板を嵌め込ませる。 だが、一度剥がした床板は、どうしても「新品の傷」が残ってしまう。 釘の跡、木屑。これではバレる。
「レインくん……これ、使って」
エリスがふらりと立ち上がり、壺から「灰」のようなものを取り出した。
「墓場の土と、時間を進める呪いの灰……。これをかければ……」
彼女が灰を床板の隙間に振りかけると、真新しい傷跡が急速に風化し、何年もそこにあったかのような古びた汚れへと変わった。 すごい。地味だが最高の隠蔽スキルだ。
「よし、教卓を戻せ!」
ドスン。 教卓が元の位置に戻された、まさにその瞬間だった。
ガララッ……。
教室の引き戸が開いた。 入ってきたのは、気怠げに欠伸をするヴァン先生だった。
「……あぁ? お前ら、まだ残ってたのか」
彼女の鋭い視線が、教室を見回す。 僕たちは全員、自分の席に座り、何食わぬ顔をしていた。 ……いや、全員ボロボロで息が上がっている。不自然すぎる。
「おい。……何があった?」
ヴァン先生の目が細められた。 殺気。 彼女は教卓――僕たちが隠した入り口の方へと歩み寄る。 まずい。感づかれたか?
「……掃除です」
僕が口を開いた。
「掃除?」 「ええ。この教室、埃っぽすぎるんですよ。Sクラスの委員長として、環境改善を命じました」
僕は平然と嘘をついた。
「ガルには力仕事で棚の裏を。エリスにはお香(灰)を焚いて浄化を。セリアとエリルには雑巾掛けをさせました。……見てください、この教卓の下までピカピカですよ」
ヴァン先生は教卓の前で立ち止まり、床板をジッと見つめた。 そして、鼻をひくつかせた。
「……火薬と、血の匂いがするな」 「ガルが棚を動かした時に指を挟んで出血しました。火薬は……セリアが実験に失敗してボヤを出しかけたんです」 「……」
ヴァン先生は僕の目をじっと覗き込んだ。 Lv.55の威圧。 心臓が縮み上がりそうだ。 だが、僕は逸らさない。ここで目を泳がせたら、地下の化け物より恐ろしい尋問が待っている。
「……ふん」
数秒の沈黙の後、ヴァン先生は興味を失ったように肩をすくめた。
「熱心なこった。……まあいい。あまり遅くなるなよ。夜の校舎は『出る』からな」
彼女は酒瓶を煽りながら、教室を出て行った。 足音が遠ざかるのを確認し、全員が同時に息を吐き出して机に突っ伏した。
「……死ぬかと思いましたわ……」 「心臓、止まるかと……」 「筋肉が……縮こまった……」
ギリギリだった。 だが、守りきった。 僕たちは顔を見合わせ、乾いた笑いを漏らした。 恐怖を共有したことで、バラバラだったSクラスの間に、奇妙な連帯感が生まれていた。
「……勝てないな、今は」
僕は呟いた。 あの「ヘカトンケイル」。 あれを突破しない限り、機神の脳には辿り着けない。 Lv.20の僕たちじゃ話にならない。 準備が必要だ。もっと強く、もっと卑怯で、もっと確実な「殺し方」を見つけるための準備が。
「特訓だ」
僕が宣言すると、全員が恨めしそうに、けれど真剣な目で僕を見た。
「あの門番をスクラップにするまで、僕たちの放課後は地獄だぞ。……ついて来れるか?」
「……筋肉のためなら!」 「……研究データのためなら!」 「……呪い殺せるなら……」 「ん。レインとなら」
返事は揃った。 打倒Lv.80。 僕たちの「学園生活」の当面の目標が決まった。




