【第42話:筋肉のつるはし】
放課後の旧校舎。 夕陽が差し込み、埃がキラキラと舞う教室は、相変わらずのカオスだった。 僕たちが戻ると、獅子族のガルは机を使ってベンチプレスをしており、死霊術師のエリスは窓際で藁人形に五寸釘を打ち込んでいた。
「……カーン、カーン、カーン……うふふ、呪いあれ……」 「フンッ! ヌンッ! 筋肉が喜んでいる!」
(……こいつらを纏めるのか。気が重い)
僕はため息をつきつつ、教卓の前に立った。 担任のヴァン先生はいない。今のうちに動く必要がある。
「おい、お前たち。ちょっと手伝え」 「ああん? 委員長、俺は今、大胸筋との対話で忙しいんだが?」 「……私は、丑の刻参りの予行演習中……」
全く協調性がない。 だが、僕は彼らの操縦法を既に把握している。
「ガル。この床下に『伝説のプロテイン』の原料になる古代魔獣が眠っているらしいぞ」 「なんだとぉッ!? 筋肉の源だと!?」
ガルの耳がピクリと立ち、猛烈な勢いで食いついてきた。チョロい。 次はエリスだ。
「エリス。君に頼みがある。『友達』を紹介してくれないか?」 「……え?」
エリスの手が止まった。 漆黒の長い髪の間から、驚きに見開かれた目が覗く。
「……友達? 私の、死霊に……会いたいの?」 「ああ。この教室の地下には、古い霊たちが眠っているはずだ。彼らの声が聞きたいんだ」
エリスの顔が、パァァァッと明るくなった(ように見えた。陰気なままではあるが)。 彼女はずずいっと僕に近づき、冷たい手で僕の手を握った。
「……嬉しい。生きてる人間から、そんなこと言われたの初めて……」 「そうか。じゃあ、案内してくれ。地下への『視えない入り口』へ」
***
教室のカーテンを閉め切り、エリスが魔法陣を展開する。 彼女が取り出したのは、水晶ではなく、人間の頭蓋骨(本物)だった。
「……闇よ、深淵よ。土の下で眠る忘れ去られた声よ。……こちらへおいで」
ボウッ。 教室の気温が一気に下がる。 床板の隙間から、青白い燐光が漏れ出し、ゆらゆらと人の形を成していく。 ゴーストだ。一体や二体じゃない。数十体が教室を埋め尽くす。 セリアが「興味深いですわ!」と計測器を構え、エリルは「……寒い」と身震いして僕にくっつく。
『……誰だ……我らを起こすのは……』 『……眠い……寒い……』
「すごい数だ。……エリス、彼らに聞いてくれ。『脳』の場所はどこだと」
エリスが死霊たちに囁きかける。 すると、霊たちの動きが変わった。彼らは一様に恐怖したように震え、ある一点――教室の教卓の下を指差した。
『……あそこは駄目だ……怖い……』 『……主がいる……処刑人が……』 『……でも、道はある……あそこだけ、風が通る……』
「ビンゴだ」
僕は教卓の下へ歩み寄った。 見た目はただの古い木の床だ。 だが、霊たちが避けて通るその場所には、物理的なカモフラージュの下に、強固な封印が施されているはずだ。
「ガル、出番だ。あの教卓をどかして、床板を剥がせ」 「任せろぉッ! 筋肉粉砕!!」
ガルが咆哮と共に、重い教卓を片手で投げ飛ばす。 そして、床板の継ぎ目に剛腕を突き刺し、バキバキッという音と共に板をひっぺがした。
「……これは」
床板の下に現れたのは、土ではなく、鈍色に輝く金属のハッチだった。 表面には複雑な術式が刻印されている。 セリアが眼鏡の位置を直し、覗き込む。
「……多重結界ロックですわ。物理、魔力、生体認証……三重の鍵がかかっています。解除には数時間はかかりそうですわね」 「そんな時間はない。ヴァン先生が戻ってきたら終わりだ」
僕は懐から、あの**【IDカード】**を取り出した。 もし、ここが機神関連の施設なら、このマスターキーが通用するはずだ。 僕はカードをハッチの術式にかざした。
『……認証。管理者コード確認。ロック解除』
ピピピッ、ガシュゥゥゥン……。 重厚な駆動音と共に、ハッチがスライドして開いた。 中からは、カビ臭い空気ではなく、無機質で冷たい、滅菌されたような風が吹き上げてきた。
「開いた……! さすがレイン様!」 「レイン、すごい」
エリルとセリアが感嘆の声を上げる。 だが、エリスの死霊たちは、開いた穴を見てパニックを起こしていた。
『……ああっ、開いた、開いてしまった……』 『……目覚める……神が……』 『……逃げろ、逃げろ……』
霊たちが霧散し、エリスがガタガタと震え出した。 彼女は穴の底を凝視し、ポツリと呟いた。
「……レインくん。この下、死んでない」 「え?」 「死霊よりも、もっと恐ろしい……『生きていないのに、死んでいないもの』がいっぱいいる……」
それは、機神の防衛システムのことか、それとも量産されたクローンのことか。 どちらにせよ、歓迎はされていないようだ。
「……行くぞ、みんな」
僕はSクラスのメンバーを見回した。 暗殺者、科学者、拳闘士、死霊術師。 バラバラで、協調性のかけらもない集団。 だが、戦力としては申し分ない。
「ガル、先頭だ。プロテインを守る番人がいるかもしれん」 「なんだと!? 筋肉の敵は俺が倒す!」
単純なガルを盾役に、僕たちは暗い階段を降り始めた。 ハッチが閉まる音が、退路を断つ音のように響く。 学園の地下。 そこは、教室の日常とはかけ離れていた。




