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【第41話:神の地図】

放課後。 僕たちは、王立図書館の最深部にある「特別閲覧室」に篭もっていた。 周囲を何重もの防音・防諜結界で固め、机の上には塔から持ち帰った**【マザーの記憶メモリ】**と、セリアが持ち込んだ大量の魔導解析機材が広がっている。


「……信じられませんわ」


セリアが、水晶のモニタに映し出された複雑怪奇な文字列(古代ルーンの羅列)を見て、うっとりとした溜息をつく。


「この術式構造、既存の魔法言語とは文法が根本から違います。まるで、無数の計算式が織物のように……いいえ、生き物のように絡み合って……美しいですわ」 「感心してる場合じゃないぞ。セリア、魔力供給パワーを上げろ。僕の演算速度に追いついてない」 「人使いが荒いですわね! ……【魔力充填マナ・チャージ】!」


セリアが杖を振るい、解析機に純度の高いマナを流し込む。 僕はそのエネルギーを、**スキル【魔導工学】と【並列思考】**で制御し、メモリの深層領域へとダイブしていく。


(……やっぱりだ。これは魔法じゃない。プログラムだ)


モニターに流れるルーン文字。 この世界の魔導師には「呪文」に見えるだろうが、前世の記憶がある僕には分かる。 これは16進数に近い機械語だ。 ディレクトリ構造。暗号化キー。ファイアウォール。 構造さえ分かれば、こちらの土俵だ。


「エリル、入り口の警戒を。誰か来たらすぐに教えてくれ」 「ん。……誰も通さない」


エリルが扉の前で短剣を構え、影に溶ける。 準備は整った。


「……開け、ゴマ」


僕は指先から魔力を糸のように伸ばし、メモリのプロテクトホールに突き刺した。 ハッキング開始。


バチバチッ! 空中に浮かんだホログラムウィンドウが赤から青へと変わり、膨大なデータが雪崩れ込んでくる。 機神デウス・マキナの構成図。そして、現在のパーツ配置状況。


「レイン様、これ……!」


セリアが目を見開く。 ホログラムが変形し、空中に巨大な「世界地図」を投影したのだ。 僕たちが住む中央大陸アストラ、そして海を隔てた各地。 その地図の上に、赤く明滅する「点」が6つ浮かび上がった。


「……機神のパーツの在り処か」


僕は震える声で読み上げた。 北西の荒野にあった点(黒の塔)は、既に光を失っている。僕たちが破壊したからだ。あれは恐らく、エネルギー供給用の端末だったのだろう。 重要なのは、残るメインパーツの位置だ。


「見てくれ。……世界中に散らばっている」


僕は地図上の光点を指でなぞった。


東の火山地帯ヴォルカ


反応: 高熱エネルギー。


推定パーツ: 【右腕(兵装ユニット)】。


極東の島国ワノクニ


反応: 強力な結界反応。


推定パーツ: 【左腕(防御ユニット)】。


南の大海溝アトランティア


反応: 深海からの圧力反応。


推定パーツ: 【左脚(推進ユニット)】。


北大陸ゼノビア


反応: 大地と深く接続された固定反応。


推定パーツ: 【右脚(地脈接続ユニット)】。


そして、残り2つ。 最も近く、最も強い光を放っている点。 その座標は――。


「……王都? それも二箇所……?」


セリアが顔を蒼白にする。 地図を拡大するまでもない。 一つ目の点は、僕たちが今いる場所――**【王立魔導学園】**の真下。


【コードネーム:MIMIRミーミル】 【部位:頭部(演算・センサーユニット)】


「頭部……つまり、機神の『脳』が、この学園の地下に眠っているってことか」


そして、もう一つ。 学園のすぐ側。この国の権力の中枢。 **【王城】**の地下深くに、最も巨大な光点がある。


【部位:胴体(動力炉・ジェネレーター)】


「……なんてことだ」


僕は戦慄した。 灯台下暗しどころの話じゃない。 僕たちは、機神の「脳(学園)」の上で学び、「心臓(王城)」の側で暮らしていたのだ。 王家と教団が繋がっているという父さんの言葉。その動かぬ証拠がこれだ。 奴らは王城の地下で、機神の胴体を管理・運用している。


「教団や国は、この『脳』と『心臓』を守るために、ここに都を築いたのか……」


全ての謎が繋がった。 北にある「右脚」でエネルギーを吸い上げ、王城の「胴体」へ送り、学園の「脳」で制御する。 世界を滅ぼすシステムは、既に完成しかけている。


「レイン様、さらに下層ディレクトリにファイルがありますわ。……『プロジェクト・アダム』?」


セリアが指差した先にある、厳重にロックされたファイル。 僕が解析しようとした瞬間、ノイズが走った。


『アクセス拒否。生体認証が必要。……エラー。キみハ、人げンデすカ?』


不気味な文字列と共に、強制的に接続が切断された。 プシュゥ、と解析機から煙が上がる。


「……弾かれたか」 「焼き切れましたわね。……今のプロテクト、古代の技術だけではありませんわ。現代の術式も組み込まれていました」


セリアが悔しそうに唇を噛む。 つまり、この学園の地下にある「脳」は、今も誰か(・・)の手によってメンテナンスされ、管理されているということだ。


「……十分だ。敵の本丸と、集めるべきパーツの場所は分かった」


僕はメモリを抜き取り、懐にしまった。 まずは足元の「脳」を確保する。 そして、世界に散らばる「手足」を回収し、最後に王城の「胴体」を叩く。 それが、僕たちの攻略ルートだ。


「……行くぞ、二人とも」 「どこへ?」


エリルが扉の影から現れる。 僕はニヤリと笑った。


「地下への入り口を探す。……この学園のどこかに、正規ルートとは別の『裏口』があるはずだ」 「心当たりはありますの?」 「ああ。……この学園で一番、あそこの『臭い』がする場所にな」


僕の脳裏には、あの酒クズ教師――ヴァン先生の顔が浮かんでいた。 元Aランク冒険者にして、元処刑人。 そして、特務Sクラスの担任。 Sクラスの教室が「旧校舎」にあるのも、地下への監視を行うためだとしたら?


「Sクラスの教室アジトに帰るぞ。……灯台の足元を掘り返してやる」


禁書庫を出る僕たちの足取りは速かった。 知ってしまった世界の地図。 そして、足元に眠る神の脳髄。 学園生活という皮を被った、命がけの宝探しが幕を開ける。

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