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【第4話:炎の揺らぎ】

筋肉痛で軋む身体を引きずりながら、僕は厨房の入り口に立っていた。 早朝の冷気が漂う中、母のマリアがかまどの前に立っている。 手には火種もマッチもない。彼女は薪が組まれた竈に掌をかざし、小さく何かを呟いた。


「――『着火イグニス』」


ボッ、と風が爆ぜるような音と共に、薪の奥から赤い炎が生まれ、瞬く間に燃え広がった。 魔法だ。 昨日、僕の額の傷を癒やしたのも、この不思議な力だった。 父さんの剣技が「暴力の極地」なら、母さんの魔法は「世界の改変」だ。 僕は息を潜め、その背中に意識を集中した。


『鑑定』。


【マリア】 種族:人族 職業:魔導師(Lv.28)


(……やっぱり母さんもか)


父さんのLv.45には及ばないが、Lv.28も十分に異常だ。 「魔導師」という響き。ただの魔法使い(マジシャン)ではなく、導く師。 この宿屋は、引退した英雄の隠れ家か何かなのか?


「あら、レイン? 起きてたの」


母さんが振り返る。炎の照り返しを受けたその顔は優しげだが、その瞳の奥には、父さんとは違う種類の「理知的で冷徹な光」が見え隠れしていた。魔法を扱う者は、常に暴発のリスクと隣り合わせだからかもしれない。


「母さん、今の『火』……どうやったの?」 「魔法よ。レインにはまだ早いかしら」 「教えて」


僕は食い下がった。 父さんの筋トレは、身体が小さすぎて効率が悪い。だが魔法なら、精神年齢が二十代後半の僕ならショートカットできる可能性がある。


「……本当にお父さんに似て、頑固なんだから」


母さんは苦笑し、手近な椅子に座ると、僕を膝の上に乗せた。 温かい。だが、僕の意識は母さんの「内側」に向けられている。


「いい? 魔法っていうのはね、体の中にある『マナ』を感じて、それを外に出すイメージをするの。でも、ただ出すだけじゃダメ。形を与えて、言葉で命令するのよ」


感覚的な説明だ。子供向けに噛み砕いているのだろう。 だが、僕には前世の知識がある。 マナはエネルギー。言葉(詠唱)はプログラムコード。イメージは出力結果(GUI)。 そう置き換えれば理解できる。


「レイン、目を閉じて。おへその下のあたりに、温かいお水があるのを想像して」


言われた通りにする。 丹田のあたり。意識を沈める。 ……ある。 昨日、鑑定を使いすぎて枯渇したあの感覚。空っぽになったタンクが、一晩寝て少し満たされている感覚。 それは水というより、微弱な電流に近い。


「それをね、ゆっくり指先に持ってくるの」


僕はイメージする。 血液の流れに乗せて、その「電流」を右手の人差し指へと誘導する。 血管というパイプラインを通り、関所(神経)を超え、末端へ。 その過程を、僕は無意識に『鑑定』していた。対象は自分自身。


【レイン】 状態:魔力循環(微弱)


(見える……! 魔力が動いている状態が、ステータスとして反映されている!)


鑑定スキルが、ナビゲーションシステムのように機能していた。 『循環』という文字が見えるということは、正しく制御できている証拠だ。 僕は指先に意識を集中させる。 熱くなれ。燃えろ。分子よ振動しろ。 ライターの火花。ガスコンロの青い炎。前世で見た「火」の映像を脳内で再生し、そこにマナという燃料を注ぎ込む。


「……っ!」


指先がチリっと熱くなった。 目を開ける。 僕の人差し指の先に、米粒ほどの、本当に小さな赤い光が灯っていた。


「えっ……!?」


母さんが目を見開いて驚きの声を上げた。 それは魔法と呼ぶにはあまりに儚い、蛍の光のような残り火。 だが、確実に僕の意思で生み出した現象だった。


「すごい……レイン、あなた今、初めてなのに……」 「熱っ!」


制御が乱れ、指先を火傷しそうになって慌てて指を振る。光はすぐに消えた。 同時に、どっと疲れが押し寄せた。また魔力切れ寸前だ。 たったあれだけの光で、タンクの半分を持っていかれた感覚がある。燃費が悪すぎる。


「レイン! 大丈夫!? 火傷は……」


母さんが慌てて僕の指を包み込み、優しい光を纏わせる。ヒリヒリした痛みがスッと引いていく。 回復魔法。これもまた、マナの別系統の出力。


「平気。……できたよ、母さん」 「ええ、できたわね。信じられない……。普通、マナを感じるだけで一ヶ月はかかるのに」


母さんは僕を抱きしめたが、その表情は喜び半分、不安半分といったところだった。 幼すぎる才能は、時に災厄を招く。それを知っている顔だ。


「レイン、約束して。母さんが見ている時以外は、絶対に魔法を使っちゃダメ。自分を燃やしちゃうこともあるのよ」 「うん、わかった」


素直に頷く。 嘘ではない。今の僕の最大MPマジックポイントでは、火遊びすら命がけだ。 まずは「器」を大きくしなければならない。 だが、手応えは掴んだ。 筋トレで身体を、瞑想と実技で魔力を。 二つの車輪が動き出した。


その夜。 僕はベッドの中で、こっそりと自分のステータスを確認した。 あの「火」を出した後、何かが変わったはずだ。


【レイン】 職業:なし(Lv.1) スキル: * 鑑定(Lv.2) * 魔力操作(Lv.1) * 生活魔法(Lv.1) スキルが増えている。 【魔力操作】と【生活魔法】。 攻撃魔法ではないが、これは基礎だ。これを鍛えれば、いずれ強力な魔法も扱えるようになる。


ふと、天井を見上げる。 暗闇の中、僕は小さく掌を握りしめた。 Lv.45の父と、Lv.28の母。 二人の血を受け継ぎ、かつ異世界の知識を持つ僕。 (……行ける。この世界で、僕は強くなれる)


希望を抱いて目を閉じたその時。 階下から、ドスン、という重い音が響いた。 続いて、怒号。


「ふざけんじゃねぇ! 金ならあるって言ってんだろ!」 「お客様、困ります! 武器をしまってください!」


従業員の悲鳴。 そして、ガシャンと何かが割れる音。 トラブルだ。 酔っ払いの喧嘩か? いや、空気が違う。肌を刺すような、殺気が階下から漏れ出してきている。


僕は跳ね起きた。 父さんはまだ裏庭で薪を割っている時間か? 母さんは厨房だ。 もし、Lv.28の母さんが対応できない相手だったら? あるいは、不意を突かれたら?


「……クソッ」


僕はベッドから飛び降りた。 4歳児に出ていける幕じゃないことは分かっている。 だが、**『鑑定』**がある。 相手の情報を抜いて、父さんに伝えることくらいはできるはずだ。 僕は音を立てないようにドアを開け、階段の上からそっと食堂を覗き込んだ。

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