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【第37話:光からの決闘状】

午前の授業(という名のヴァン先生の自習時間)を終え、僕たちは学園の中央にある大食堂へとやってきた。 天井は高く、シャンデリアが輝き、床は大理石。 メニューには「キング・バイソンの赤ワイン煮込み」だの「精霊湖産・銀鱗魚シルバースケイルの香草蒸し」だのが並んでいる。 冒険者ギルドの硬いパンと干し肉とは雲泥の差だ。


「……美味い」


僕は「本日の特別ランチ(銀貨5枚)」を口に運び、素直に感動していた。 金はある。食の充実は重要だ。


「足りない。……おかわり」


隣のエリルは、既に三人前のパスタを平らげ、四皿目のステーキに手を伸ばしている。 この細い体のどこにそんなに入るのか謎だが、彼女のエネルギー消費量を考えれば妥当かもしれない。


「優雅さが足りませんわね! 食事とは栄養摂取であると同時に、文化的な対話ですのよ!」


向かいの席では、セリアがナイフとフォークを完璧なマナーで使いこなしながら、毒々しい色の液体(自作の栄養ドリンク)を紅茶に混ぜている。 ……文化的な対話が台無しだ。


筋肉マッスルにはタンパク質だ! 肉だ! 肉を持ってこい!」


その横で、獅子族のガルが山盛りの鶏肉を骨ごとバリバリと噛み砕いている。うるさい。


「……ふふ、このスープ……何かの怨念が煮込まれている気がする……」


エリスはスプーンでスープをかき混ぜながら、不吉なことを呟いている。ただのミネストローネだ、それは。


(……目立つな、これは)


周囲のテーブル――AクラスやBクラスの生徒たちが、遠巻きにこちらを見ている。 「あれが噂のSクラスか」「野蛮ね」「近寄らないでおこう」 そんなヒソヒソ話が聞こえてくるが、僕のメンタルは前世の社畜時代に鍛えられている。 美味しいご飯の前では、雑音などBGM以下だ。


僕は平和なランチタイムを享受しようと、食後のコーヒーに手を伸ばした。 その時だった。


ザワッ……。


食堂の入り口付近から、波が引くように静寂が広がった。 生徒たちが慌てて席を立ち、道を開ける。 その「道」の真ん中を、純白の制服を着た少年が、従者たちを引き連れて歩いてくる。 太陽のような金髪。サファイアの瞳。 レオンハルト・セイクリッド。 入学試験で会った「勇者候補」だ。


「……チッ、食事が不味くなる」


エリルがナイフを握りしめ、殺気を漂わせる。 レオンハルトは迷うことなく、僕たちのテーブルへと一直線に歩いてきた。 そして、僕の目の前で足を止める。


「……奇遇だね、レイン君。相席しても?」 「満席だよ。見て分からないか?」


僕はガルとエリスを指差した。 だが、レオンハルトは爽やかな笑みを崩さない。


「席ならあるさ。……君たちが退けばいい」


その一言で、食堂の空気が凍りついた。 ガルが鶏肉を置いた。 セリアが眉をひそめた。 エリルが立ち上がろうとする。 僕はそれを手で制し、コーヒーカップを置いた。


「……何の用だ、優等生。僕たちは食事中なんだが」 「単刀直入に言おう。……君の戦い方は、見ていて不愉快だ」


レオンハルトは僕を見下ろし、冷徹に告げた。


「魔法で遠くから狙撃し、姿を隠して弱点を突く。……それは『戦い』ではない。『処理』だ」 「効率的だろう? 魔王と戦うなら尚更だ」 「否。魔王を倒すのは力ではない。人々の心を照らす『勇気』と『正道』だ。……君のような薄暗い戦い方では、誰も守れない」


宗教じみた精神論だ。 だが、彼の瞳は本気だった。 彼は本能的に悟っているのだ。僕という存在が、彼の信じる「正義」とは対極にあるシステム(管理者権限や科学知識)で動いていることを。 だから、否定しに来た。


「証明しようか、レイン君」


レオンハルトは腰に帯びた剣――装飾過多な儀礼剣の柄に手をかけた。


「放課後、第3演習場に来い。模擬戦を行おう」 「断る。時間の無駄だ」 「……条件がある」


彼は僕の言葉を遮り、ニヤリと笑った。


「『魔法禁止』。……剣のみでの勝負だ」


周囲がどよめいた。 魔法科の生徒も多いこの学園で、魔法禁止の決闘など異例だ。 しかも、僕は冒険者として魔法と搦手からめてを主体にしている。 圧倒的に不利な条件。


「君が誇る小細工も、異質な魔法もなしだ。……純粋な『剣』だけで、君の魂の重さを量らせてもらう」 「……僕が受けるメリットは?」 「もし君が勝てば、僕の『生徒会執行部』への推薦枠を君に譲ろう。Sクラスの待遇改善も約束する」 「負けたら?」 「君が自主退学する。……この神聖な学び舎に、君のような異物は不要だ」


過激な賭けだ。 だが、Sクラスの待遇改善(主に研究費の増額)という言葉に、セリアの目が「チャリーン」と輝いたのが見えた。 それに、ここで逃げれば、今後ずっとこの「光」につきまとわれることになる。


(……剣のみ、か)


僕は自分の手を見た。 父さんから受け継いだ剣術。 塔での戦いでは、クローン相手に「軽すぎる」と啖呵を切った。 なら、証明しなければならない。 僕の剣が、勇者の聖剣に届く重さを持っているかどうかを。


「……いいだろう」


僕は立ち上がり、レオンハルトと視線を合わせた。 身長はほぼ同じ。だが、纏うオーラの質は正反対。


「受けて立つよ。……その綺麗な白い服、泥だらけにしてやる」 「後悔するぞ、レイン。……光は影を払うものだ」


レオンハルトは満足げに頷き、従者たちを連れて去っていった。 食堂に残されたのは、爆発寸前のSクラスメンバーたち。


「レイン様! やってやりなさい! 予算のために!」 「レイン……魔法なしで大丈夫? 私が代わりに闇討ちしようか?」 「剣か! 男なら拳で語り合えよ!」


僕は残りのコーヒーを一気に飲み干した。 苦い。 だが、頭は冷えている。


「大丈夫だ。……あいつは僕を『魔法使い』だと思ってる」 「違うの?」 「半分正解で、半分間違いだ」


僕は腰のショートソードを軽く叩いた。


「僕は『ガントの息子』だ。……騎士の剣がどういうものか、勇者様にご教授願おうか」


放課後。第3演習場。 入学早々、学園最強の「勇者」と、規格外の「異端児」が激突する。

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