【第36話:魔境の教室】
入学式の日。 大講堂での式典(レオンハルトが新入生代表としてキラキラした挨拶をしていた)を終え、僕たちは指定された教室へと向かっていた。 校舎のメインストリートから外れた、旧校舎の最上階。 「特務Sクラス」。 それが僕たちの所属だ。
「……埃っぽい。ここ、本当に教室?」
エリルが不満げに鼻を鳴らす。 廊下の床は軋み、窓ガラスにはヒビが入っている。 王立学園の華やかさとは無縁の場所だ。
「『Special(特別)』のSか、『Secret(秘密)』のSか。……あるいは『Sacrifice(生贄)』のSかもな」
僕が皮肉を言いながら、教室の引き戸(なぜかここだけ建て付けが悪い)をガラリと開けた。 その瞬間。
「どっかぁぁぁん!!」
爆音と共に、教室の中から黒煙が噴き出した。 僕とエリルは無表情でバックステップし、回避する。
「ゲホッ、ゲホッ! ……失敗しましたわ! マナ圧縮率の計算ミスですの!?」
煙の向こうから、聞き覚えのある声と、銀色の髪のアフロヘアになりかけた少女が現れた。 セリアだ。 彼女は自分の席を、既に実験室に改造していた。フラスコやら魔法陣やらが所狭しと並んでいる。
「……何やってんだ、お前」 「あ、レイン様! お待ちしておりましたわ! 早速ですが、この『自動追尾型タワシ』の実験台になってくださいまし!」 「却下だ」
僕は彼女を無視して教室の中を見渡した。 生徒数は少ない。僕たちを含めても5人だけだ。 だが、その濃さが異常だった。
教室の右隅。 机を片手で持ち上げ、ダンベル代わりに上下させている巨漢がいる。 獣の耳と尻尾。獅子族の獣人だ。
「フンッ! フンッ! ……おう、新入りか? 筋肉は足りてるか?」
【ガル・ヴォルグ】 種族:獅子族 職業:拳闘士(Lv.18) 状態:筋肉信奉
教室の左隅、日陰になっている場所。 そこに、日本人形のような黒髪の少女が座っていた。 彼女の周りだけ気温が低い。机の上には藁人形と五寸釘。
「……ふふ。新しい呪いの苗床が来た……」
【エリス・ネクロロード】 種族:人族 職業:死霊術師(Lv.17) 状態:陰鬱、友達募集中(方法が間違い)
そして、実験大好き公爵令嬢セリア。 暗殺者エリル。 そして僕。
(……ろくなのがいない)
頭痛がした。 貴族のエリートが集まるAクラスとは大違いだ。ここは社会不適合者の見本市か? 僕がため息をつきながら空いている席に座ろうとした時、教室のドアが蹴破られた。
バーン!!
「はい席につけクソガキどもーーッ!!」
入ってきたのは、白衣を着崩し、ジャージのズボンを履いた、ボサボサ髪の女性教師だった。 手には出席簿……ではなく、酒瓶を持っている。 昼間から酒臭い。
「ちっ……今年は5人もいるのかよ。面倒くせぇな」
彼女は教卓に酒瓶をドンと置き、気怠げに黒板に名前を書いた。 『ヴァン』。それだけ。
「担任のヴァンだ。元Aランク冒険者。専門は『破壊』と『殲滅』。……授業は適当にやるから、お前らも適当に生き残れ。以上」
【ヴァン】 職業:教師(元・殲滅魔導師) Lv. 55 状態:二日酔い、やる気なし
(Lv.55……!?)
僕は目を見開いた。 父さん(Lv.46)より高い。 このだらしない女性、とんでもない実力者だ。 ヴァン先生は僕たちを一瞥し、ニヤリと笑った。
「さて、まずはホームルームだが……面倒だ。このクラスの『長(委員長)』を決めよう」 「委員長? 面倒ですわ。私は研究がありますの」 「俺は筋トレで忙しい!」 「……呪いの儀式が……」
全員が拒否する。 ヴァン先生は舌打ちをし、酒瓶の栓を開けた。
「じゃあ、一番『マシ』な奴に押し付ける。……レイン、お前だ」 「は? なんで僕なんですか」 「お前が一番、目が死んでるからだ」
なんだその理由は。
「それに、お前の横にいる狂犬と、そこの暴走機関車の手綱を握れるのはお前しかいねぇだろ。……決定だ。逆らうなら実力行使でもいいぞ?」
ヴァン先生の全身から、濃密な殺気が放たれる。 本気だ。逆らえば校舎ごと消し炭にされる。
「……分かりましたよ。やればいいんでしょう」
僕は降参した。 目立たず、影のように知識を集める計画が、初日から崩れ去った。
「よし。じゃあレイン委員長、号令」 「……起立。礼」
バラバラの動きで立ち上がる問題児たち。 エリルだけが素直に従い、セリアは「レイン様の命令なら!」と敬礼し、ガルは筋肉ポーズを取り、エリスは呪文を唱えている。 学級崩壊待ったなし。
「よし、解散。……あ、そうだレイン」
ヴァン先生が教室を出て行く直前、思い出したように言った。
「午後から『図書館』のオリエンテーションがあるが……お前、特別許可証を持ってるらしいな?」 「ええ、まあ」 「気をつけろよ。あそこには『本の虫』じゃ済まないバケモノも住み着いてる。……食われるなよ」
意味深な警告を残し、彼女は去っていった。 教室に残されたのは、カオスなメンバーと僕。
「ねえレイン様! 午後の授業まで暇ですし、この『爆発する紅茶』を飲みませんこと!?」 「レイン、あいつ(ガル)がうるさい。殺していい?」 「……うふふ、死相が見える……」 「筋肉ぅぅぅッ!!」
僕は机に突っ伏した。 前途多難なんてレベルじゃない。 魔王と戦う前に、胃潰瘍で死ぬかもしれない。
「……静かにしろッ!!」
僕の怒号が旧校舎に響き渡った。 こうして、僕の「Sクラス」での生活が、騒々しく幕を開けた。




