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【第33話:王都の深淵】

王都アルテッツァへの帰還は、行きとは打って変わって静かなものだった。 セリアは城門の前で「一度屋敷に戻って、父(公爵)への根回しと解析環境を整えますわ」と言って別れた。彼女も分かっているのだ。ここから先は、貴族としての政治力が武器になる戦いだと。


僕とエリルは、その足で冒険者ギルドの裏口を潜り、ギルドマスター室へと直行した。


「……入れ」


重厚な扉の向こうから、低い声が響く。 部屋に入ると、ガーネットは執務机で書類の山と格闘していたが、僕たちの顔を見ると手を止め、無言で顎をしゃくった。 『座れ』という合図だ。 彼女は愛用の葉巻に火をつけ、紫煙を吐き出しながら、鋭い隻眼で僕たちを射抜いた。


「顔色が悪いな。……里帰りは楽しめたか?」 「ええ。おかげさまで、一生分の親孝行をしてきましたよ」


僕は苦笑し、懐から一つのアイテムを取り出し、机の上に滑らせた。 塔の管理AI『マザー』から回収した記憶メモリだ。 そして、報告書代わりのメモを添える。


「……なんだ、これは」 「北西の『マナ汚染』の原因です。……いや、国が隠している『うみ』そのものと言った方がいい」


ガーネットはメモを拾い上げ、数行読んだところで表情を凍りつかせた。 葉巻を持つ手が止まる。 室内の空気が、鉛のように重くなった。


「……黒の塔。マナ吸収プラント。そして『サンクチュアリ』か」


彼女は低い声で唸り、メモリを指先で弄んだ。


「お前、これが何を意味するか分かっているのか? ただのダンジョン攻略じゃない。お前は、この国の『心臓部』にナイフを突き立てたんだぞ」 「知っています。……奴らは父さんを電池にして殺そうとした。だから壊した。それだけです」


僕が淡々と答えると、ガーネットは呆れたように、しかしどこか愉快そうに鼻を鳴らした。


「家族のために国に喧嘩を売ったか。……狂犬め」


彼女は椅子に深くもたれかかり、天井を見上げた。


「……『サンクチュアリ』の名は、裏社会でもタブーだ。表向きは新興宗教だが、実態は王家直属の『汚れ仕事』請負人。……人口調整、反乱分子の消去、そして古代遺産の管理。噂は聞いていたが、まさか本当に『間引きシステム』なんてものを運用していたとはな」


やはり、ガーネットクラスなら薄々は勘づいていたか。 冒険者ギルドは国から独立した組織だ。国と完全に癒着しているわけではないが、対立もしていない。微妙な立ち位置だ。


「マスター。ギルドは、この件をどう扱いますか?」


僕が核心を問うと、ガーネットは隻眼を細めた。


「公式には『古代遺跡の暴走事故を、勇敢なCランク冒険者が鎮圧した』……それだけだ。塔の正体も、教団の関与も伏せる」 「……揉み消すと?」 「守ってやる(・・・・・)と言っているんだ、馬鹿野郎」


ガーネットは煙を吹きかけた。


「お前たちが『国の極秘プロジェクトを破壊した』なんて公表してみろ。明日には暗殺部隊が宿に火を放つぞ。……ギルドとしては、優秀な若手をそんなくだらない理由で失いたくない」


彼女の不器用な優しさに、僕は小さく頭を下げた。


「感謝します」 「だが、奴らも馬鹿じゃない。塔を壊したのが『レイン』という冒険者だとは特定されるだろう。……お前はもう、薄暗い路地裏を歩く冒険者じゃいられない」


ガーネットは机の引き出しから、一枚の封筒を取り出した。 豪奢な封蝋がされた、最高級の羊皮紙。


「だから、場所を変えろ。……ギルドの庇護すら及ばない『聖域』に逃げ込んで、逆に奴らの喉元に食らいついてやれ」


封筒が僕の前に差し出された。 宛名には**【王立魔導学園・学園長室】**とある。


「これは?」 「推薦状だ。……以前から学園側が、実戦経験のある優秀な若手を欲しがっていてな。お前とエリルを『特待生』としてねじ込んでやる」


学園。 セリアが通う、貴族とエリート魔導師の揺り籠。 そこは王家や教団の影響力も強いが、同時に「学問の自由」と「他国の貴族」も集まる治外法権的な場所でもある。


「灯台下暗し、か」 「ああ。それに、その『メモリ』の解析には設備がいるだろう? 学園の図書館とラボなら、国の監視をかいくぐって研究できる」


完璧な提案だった。 セリアとの連携も取りやすくなるし、何より「生徒」という身分は、暗殺者に対する最高の隠れ蓑になる。


「……乗ります。その話」 「よし。入学試験は一週間後だ。形式的なものだが、派手にやりすぎるなよ? ……お前らの『派手』は、校舎を吹き飛ばしかねんからな」


ガーネットはニヤリと笑い、葉巻を灰皿に押し付けた。


「生き延びろ、レイン。……この腐った国が変わる瞬間を、特等席で見せてくれ」


僕とエリルは立ち上がり、深く一礼した。 ギルドを出ると、王都の街並みは夕暮れに染まっていた。 だが、その景色は以前とは違って見える。 華やかな街の影に潜む、教団の白き影。そして、王城の奥にある巨大な悪意。


「……学校、か」


エリルが封筒を見つめ、複雑そうな顔をする。


「私、勉強は苦手。……ナイフの使い方は知ってるけど」 「大丈夫だよ。僕たちが学ぶのは『教科書』じゃない」


僕は封筒を懐にしまい、王城の方角を睨みつけた。


「敵の懐に潜り込んで、内側から食い破る方法だ。……さあ、行こうか。忙しくなるぞ」


こうして、僕たちの冒険者としての第一章は幕を閉じ、新たな戦場――「学園」への扉が開かれた。

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