表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/114

【第31話:錆びついた勲章、受け継がれる剣】

「黒の塔」が崩れ去ってから数時間後。 僕たちは、朝日が差し込む「銀の杯」亭の寝室にいた。


「……う、ん……」


ベッドの上で、父ガントが小さく呻いた。 恐る恐る確認すると、あの禍々しい黒い石化は完全に消え去り、元の健康的な肌の色が戻っていた。 ただ、酷くやつれている。Lv.46の肉体をもってしても、生命力を搾り取られたダメージは大きかったようだ。


「……あなた!」


母のマリアが泣き崩れながら、父の胸に顔を埋める。 父の大きな手が、震えながら母の頭を撫でた。


「……すまねぇ、マリア。心配かけたな」


掠れた、けれど力強い声。 僕はその声を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れた気がした。 膝から力が抜け、その場にへたり込む。 エリルが背中を支えてくれた。彼女もまた、安堵で少し目が潤んでいる。


父の視線が、母から僕へと移った。 その目は、今まで見たどの日よりも優しく、そして厳しかった。


「……レイン。お前がやったのか」 「ああ。塔ごとへし折ってきた」 「ハッ……塔ごと、か。でかい喧嘩をしやがって」


父は苦笑しようとして、痛みに顔をしかめた。 僕は父の枕元に歩み寄った。


「父さん。……間に合ってよかった」 「馬鹿野郎。親父が息子に助けられて、よかったも何もねぇよ」


父は悪態をついたが、すぐに真剣な表情になり、僕の手を強く握り返した。 握力は弱い。けれど、その掌の熱さは本物だった。


「……ありがとう、レイン。お前はもう、俺を超えた」 「まだだよ。剣じゃ勝てない」 「剣だけの話じゃねぇ。……守るために怒り、守るために理不尽をぶっ壊す。それができる奴が、一番強いんだ」


父の言葉が、胸に染み渡る。 認められた。 あの「黒竜王」を見た日、絶望していた僕を導いてくれた背中。 それを、ようやく追い越したのだ。


「……みんな、席を外してくれ。レインと二人で話したい」


父が静かに告げた。 母さんは少し心配そうにしたが、頷いてエリルとセリアを連れて部屋を出て行った。 静寂が降りる。 父は天井を見上げ、独り言のように語り始めた。


「レイン。あの塔……そして、白装束の連中を見たか?」 「ああ。『サンクチュアリ』と名乗っていた。塔を神の揺り籠だと崇めていたよ」 「……やっぱりな」


父の目に、暗い陰が落ちる。 それは、僕が知る「宿屋の親父」の顔ではなかった。かつて王都で剣を振るっていた「近衛騎士」の顔だ。


「俺がなぜ、近衛騎士なんてエリートを辞めて、こんな辺境に引っ込んだか。……その理由を話す時が来たようだな」


父は重い口を開いた。


「15年前。俺は王命を受けて、ある『遺跡』の調査隊を護衛していた。……そこで見たんだよ。王家の紋章が入った古文書と、あの白装束の司祭たちが握手しているところをな」


「王家と、教団が?」


「ああ。奴らはグルだ。『魔王』というシステムを維持するために」


衝撃の告白だった。 魔王は星の自浄作用だ。それは人類を滅ぼすシステムのはずだ。 なぜ、人類の守護者たる王家が、それに加担する?


「簡単な話さ。魔王が現れれば、人々は恐怖し、団結し、国に頼る。王権は盤石になる。……だから奴らは、定期的に『間引き』が必要だと考えているんだ。人口調整という名目で、あんな塔を建ててな」


父は悔しげに拳を握りしめた。


「俺は、その事実を知っちまった。口封じに消されそうになったところを、当時宮廷魔導師だった母さんに助けられて……二人で逃げたんだ。地位も名誉も捨ててな」


点と点が繋がった。 なぜLv.46の戦士とLv.28の魔導師が、田舎で宿屋をやっていたのか。 彼らは隠居していたんじゃない。 「逃亡者」だったのだ。 そして今回、その追っ手(教団と塔)がついにここまで伸びてきた。


「レイン。お前が塔を壊したことで、奴らは気づいたはずだ。……俺たちの息子が、計画の邪魔になる『異物』だってことにな」


父は僕を真っ直ぐに見つめた。


「俺はもう、剣を握れねぇかもしれん。石化の後遺症で、回路がボロボロだ」 「……父さん」 「だが、お前には未来がある。力がある。……頼む。俺たちが逃げ出したあの『闇』を、お前の手で晴らしてくれねぇか」


それは、父から子への、最初で最後の「依頼クエスト」だった。 逃げるのではなく、立ち向かうこと。 腐ったシステムと、それを操る権力者たちに、鉄槌を下すこと。


僕は父の手を両手で包み込んだ。 IDカードの重みが、胸ポケットにある。 僕には「機神」という切り札がある。現代知識がある。そして、頼れる仲間がいる。


「任せてよ。……僕のテリトリーに手を出したことを、国ごと後悔させてやる」


僕が答えると、父は満足そうに目を細め、深く息を吐いた。


「……いい男になったな。さあ、行け。エリル嬢ちゃんたちが待ってるぞ」


僕は一礼し、部屋を出た。 扉を閉めると、廊下でエリルとセリアが待っていた。 心配そうな顔。 僕は努めて明るく振る舞い、二人に告げた。


「父さんは大丈夫だ。……それより、忙しくなるぞ」 「レイン?」 「王都へ戻る。……喧嘩の相手が変わった。今度は、もっとデカイ相手だ」


僕の瞳には、もう迷いはなかった。 魔王も、教団も、腐敗した王国も。 すべてを敵に回してでも、僕は生き残る。 そして、このふざけた世界のルールを、僕のやり方で書き換えてやる。


窓の外には突き抜けるような青空が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ