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【第30話:星を蝕む管理者】

最上階の扉を蹴り開けると、そこは静寂に包まれた青白いドームだった。 肉の壁はない。 あるのは、幾何学的なラインが走る金属の床と、壁一面に浮かぶホログラムのような光の文字。 そして中央に鎮座する、直径5メートルほどの巨大なクリスタル――【制御コア】。 そのクリスタルから伸びた無数の光のラインが、天井を突き抜け、外部へと繋がっている。 その一本が、僕の故郷の方角へ伸びているのが見えた。


『侵入者検知。……解析。個体名:レイン。イレギュラー認定』


コアから直接、脳内に響く声がした。 感情のない、合成音声のような女の声。


「お前が、この塔の管理者か」 『肯定する。私は管理AI【マザー・タワー・ユニット04】。星の自浄作用を代行するシステムである』


コアが明滅し、光の粒子が集まって、人の顔のような形を成す。


『現在、対象エリア「ガント・ルイス」からのマナ抽出プロセスを実行中。進捗率98%。完全石化によるリソース回収完了まで、あと15分』 「ふざけるな。父さんは資源じゃない」 『個の生存に意味はない。人類という種の間引きこそが、星の延命に繋がる。……排除を開始する』


交渉決裂。 コアの周囲に、魔法陣とは異なる幾何学模様のリングが展開される。 直後、そこから高密度のレーザーが乱射された。


「くっ、いきなりかよ!」 「【聖域の盾】!」


セリアが瞬時に障壁を展開するが、レーザーの出力が高すぎる。障壁がミシミシと悲鳴を上げ、表面が焦げていく。 ただの魔法じゃない。純粋なマナエネルギーの奔流だ。 物理攻撃も魔法攻撃も、この圧倒的な出力の前では無力化される。


「レイン! 近づけない! どうする!?」 「破壊する! ……物理的にじゃなく、論理的にだ!」


僕は懐から**【古代管理者のIDカード】**を取り出した。 青いカードが、マザーの波動に共鳴して激しく震えている。


「エリル、セリア! 僕をあのコアまで運んでくれ! 接触リンクさえできれば、僕が中からシステムを焼き切る!」 「無茶ですわ! あのレーザーの雨の中を!?」 「やるしかない。……私の背中に隠れて!」


エリルが前に出た。 彼女は影を纏い、自身の存在確率を希釈させる。 スキル【幻影回避】。 レーザーが彼女の残像を貫く。その隙に、僕たちは駆けた。


「邪魔ですわよ、ポンコツ機械ぃぃッ!!」


セリアが杖を掲げ、全魔力を放出する。 攻撃ではない。光の乱反射による目くらまし(チャフ)。 レーザーの照準が一瞬狂う。


「今だッ!」


僕は床を滑り込み、コアの根元にある制御コンソールへと到達した。 そこには、あのダンジョンと同じ「接続ポート」があった。 僕は迷わずIDカードをスロットに叩き込み、両手をパネルに突き立てた。


スキル【並列思考】――フルドライブ。 スキル【魔導工学】――ハッキング開始。


『警告。管理者権限による不正アクセスを検知。……排除プログラム起動』


ガクン、と意識が持っていかれた。 視界が暗転し、僕は「情報の海」の中に立っていた。 周囲を流れるのは0と1のデジタル信号ではなく、古代ルーン文字の羅列。 目の前に、光の巨人――マザーの精神体が現れる。


『排除。排除。排除』


巨人の腕が振り下ろされる。 物理的な痛みはない。だが、魂が削り取られるような喪失感。 精神攻撃だ。脳を焼き切って殺す気だ。


僕は笑った。 精神的な圧力? 理不尽な仕様変更? そんなものは、死ぬほど味わってきた。 僕はイメージする。 僕の魔力を、鋭利な「ウイルス」へと変換する。 SQLインジェクション。バッファオーバーフロー。DDos攻撃。 現代のサイバー攻撃の概念を、魔法術式に翻訳して叩き込む。


術式改竄コード・リライト』!!


『ピガガガッ……!? エラー。未知の論理攻撃。演算処理が追いつかない』


巨人の動きが止まる。 僕はその隙に、システムの深層領域へと潜った。 見つけた。 **【抽出プロセス:対象ガント】のファイル。 そして、【塔の動力源:自律稼働モード】**の設定。


「まずは、父さんを返してもらう!」


僕は仮想の剣を振り下ろし、父さんへのパスを物理的に切断した。 ブツンッ! という手応え。


『警告。リソース供給停止。……予備電源へ移行。排除レベルを最大に引き上げ――』


マザーが赤く発光し、現実世界のコアが暴走を始める。 モニター越しに外の様子が見えた。 コアから放たれる熱量が倍増し、セリアの盾が割れ、エリルが吹き飛ばされている。 僕の肉体も、鼻から血を流して痙攣している。


「レイン様! もう持ちませんわ!」 「レイン、死ぬな……ッ!」


二人の声が聞こえる。 時間がない。 単純な停止コードじゃ弾かれる。 なら、どうする? マザーの目的は「星の自浄」。 なら、その定義を書き換えてやればいい。


僕は【古代語解読】スキルを使い、マザーの根本プログラムにアクセスした。 <対象:人類> を削除。 代わりに <対象:塔(自分自身)> を入力。


『……論理エラー。自己矛盾。自己矛盾』 「矛盾じゃない。お前こそが、今一番マナを食い荒らしている害虫だ。……自浄作用なら、まずは自分から消えろ」


エンターキー(実行)。


『ア……アアアアアッ……!?』


電脳空間の巨人が崩れ落ちていく。 僕は意識を現実へと引き戻した。


「ハッ……!」


目を開ける。 目の前の巨大なクリスタルが、不協和音を立ててヒビ割れ始めていた。 青かった光が、ドス黒く変色し、内側に向かって収縮していく。


『システム崩壊。自壊シークエンスへ移行。……さようなら、管理者マスター


パリンッ!!


甲高い音と共に、コアが砕け散った。 同時に、天井を貫いていた光のラインが消滅する。 父さんへと伸びていたパスも、完全に消えた。


「……終わった、のか?」


僕がコンソールから手を離すと、塔全体が激しく揺れ始めた。 崩壊が始まる。


「レイン!」 「レイン様!」


エリルとセリアが駆け寄ってくる。 二人ともボロボロだが、無事だ。 僕はふらつく足で立ち上がり、砕け散ったコアの残骸の中から、一つだけ輝きを失っていないパーツを拾い上げた。 マザーの記憶媒体メモリ。 これがあれば、機神や魔王についての情報が手に入るかもしれない。


「脱出するぞ! この塔はもう持たない!」


僕たちは崩れゆく最上階から飛び出した。 階段を駆け下りる余裕はない。 セリアが叫ぶ。


「窓から飛びますわよ! 【浮遊レビテーション】!」


僕たちは塔の壁を突き破り、空中へと躍り出た。 背後で、黒い塔がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。 まるで砂上の楼閣のように、巨大な墓標が崩壊し、ただの瓦礫の山へと変わっていく。


荒野に着地した僕たちは、舞い上がる土煙を見つめた。 空の色が、少しずつ元の青さを取り戻していく。 不快だったマナの澱みも、風に乗って消えていく。


「……父さん」


僕は村の方角を見た。 黒いラインはもうない。 塔という呪縛は消えた。 なら、父さんは助かったはずだ。


「……帰ろう。みんなが待ってる」


エリルが僕の手を握る。セリアも安堵のため息をついて座り込んだ。 僕の掌には、IDカードとメモリ。 そして胸には、巨大な運命をねじ伏せたという、確かな達成感があった。 Lv.17の冒険者が、世界システムの一部を破壊したのだ。 それは、魔王への宣戦布告でもあったかもしれない。

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