【第29話:偽りの戦士】
螺旋階段を駆け上がり、塔の中層へ到達した時、僕たちは足を止めた。 そこは、異様な空間だった。 これまでのような内臓的な通路ではない。 土の地面、粗末な木の柵、そして薪割りの台。 それは、僕の故郷――「銀の杯」亭の裏庭を、不気味に再現した場所だった。
「……趣味が悪いにも程がありますわね」
セリアが不快そうに呟く。 その「裏庭」の中央に、ゆらりと人影が現れた。 分厚い胸板。丸太のような腕。使い古されたエプロン。 父、ガントだ。 だが、その肌は泥のように黒ずみ、瞳には白目がなく、ただ赤い光が明滅している。 しかも、一体ではない。 影から次々と這い出し、計三体の「父さん」が並び立った。
『鑑定』。
【生体兵器:ガント・クローン】 Lv. 35 ベース:個体名ガントの戦闘データ 装備:呪いの大剣(接触石化) 状態:殺害モード
「Lv.35……本物よりは低い。劣化コピーか」
僕が吐き捨てるように言うと、クローンたちは背中から肉と骨を隆起させ、それを引き抜いた。 自身の骨でできた、禍々しい大剣。 刀身からは、父さんを蝕んでいるのと同じ、石化の呪いが黒い煙となって立ち上っている。
『ハイジョ……ハイジョ……』
唸り声と共に、三体のクローンが地面を蹴った。 速い。 あの「縮地」だ。 巨体が瞬時に目の前に迫る。
「レイン、来る!」 「散開!」
僕たちは左右に飛んだ。 ドォォン!! クローンの大剣が地面を叩き、土煙が舞い上がる。 巻き上げられた土が、一瞬で灰色の石礫に変わってバラバラと落ちた。
「かすっただけでアウトですわ! 全員、私から離れないで!」
セリアが杖を掲げ、**【聖域の盾】**を展開する。 光の障壁が、飛び散る呪いの余波を防ぐ。 だが、クローンたちは止まらない。 父さんと同じ構え。父さんと同じ呼吸。 まるで、あの日の「卒業試験」の悪夢が蘇るようだ。
「エリル、あいつら動きは父さんそのままだ! でも――」 「ん。分かってる」
エリルが短剣を逆手に持ち、にやりと笑った。
「――軽い」
そう。軽いのだ。 クローンの一撃は確かに速く、重い。 だが、本物の父さんが放っていた、あの「魂ごと圧し潰すようなプレッシャー」がない。 ただデータ通りに筋肉を動かしているだけの、精密な人形。
「セリア、防御は任せた! 僕とエリルで崩す!」 「了解ですわ! 泥人形ごときに遅れを取らないでくださいまし!」
僕とエリルは同時に駆け出した。 標的は、中央の個体。 クローンが反応する。 横薙ぎの一閃。範囲攻撃。 僕たちが避ける先を予測した、完璧な軌道。 ……データ通りなら、そうなるはずだ。
だが、僕たちは5年前の僕たちじゃない。 そして、今の僕たちは「父さんの攻略法」を知っている。
「そこだッ!」
僕は回避しなかった。 一歩、あえて踏み込む。 大剣が鼻先数センチを通過する。 死の恐怖? ない。父さんの剣なら、ここで「止め」たり「変化」させたりできたはずだ。 だが、こいつは止まれない。慣性に従って振り切るしかない。
懐に入った。 僕は右手に全魔力を集中させる。
「親父の剣は、そんなに薄っぺらくないんだよ!」
『魔力操作』――【衝撃掌】
ドンッ! 僕の掌底が、クローンの右膝――本物の父さんが古傷を抱えていた場所を打ち抜く。 クローンに古傷はない。 だが、父さんの動きを模倣する以上、その「重心のクセ」までコピーしてしまっている。 右足に体重が乗る瞬間。そこが唯一の死角。
『ガ……ッ!?』
クローンの膝がカクンと折れ、体勢が崩れる。 巨大な隙が生まれた。
「遅い」
その背後に、影が走った。 エリルだ。 彼女はクローンの背中を駆け上がり、その首元にミスリルの短剣を突き立てた。 刃には、セリアが付与してくれた聖なる光が纏われている。
「土に還れ」
ザクッ! 首が切断され、クローンの巨体がドサリと倒れ伏す。 泥のように溶けていく偽物の父。
残り二体。 仲間がやられたことにも動じず、機械的に襲いかかってくる。 だが、もう脅威ではない。 ネタが割れた手品だ。
「セリア、閃光!」 「はいな! 【聖光閃】!」
目くらましの一撃。 怯んだ二体の隙を突き、僕の【火弾】とエリルの連撃が炸裂する。
数分後。 「裏庭」には、静寂が戻っていた。 三体のクローンは、黒い泥溜まりへと変わっていた。
「……はぁ、はぁ……」
僕は泥の山を見下ろした。 怒りは消えていない。むしろ、増していた。 父さんの強さは、技術だけじゃない。家族を守るという意志、積み重ねた経験、その全てが合わさってこその「ガント」だ。 それを、ただのデータとして消費したこの塔が許せない。
「……行くぞ。次が最上階だ」
僕は泥を蹴り飛ばし、さらに上へと続く階段を睨んだ。 塔の脈動が早くなっている。 ドクン、ドクン。 まるで、僕たちの接近を恐れているような、あるいは歓喜しているような、不気味な鼓動。
「待ってろよ、心臓。……父さんから奪った分、きっちり払い戻させてやる」




