【第27話:漆黒の塔】
母さんの寝顔を確認し、宿屋の従業員たちに「絶対に外に出るな」と言い含めて、僕たちは村を飛び出した。 目指すは北西の荒野。 そこに、世界の癌細胞のような「黒の塔」が聳え立っている。
馬はもう使えない。マナ汚染が酷すぎて、普通の動物なら近づいただけで発狂して死ぬレベルだ。 僕たちは自身の足で荒野を疾走した。
「……見えてきた」
エリルが短く告げる。 視界を覆う砂塵の向こう、天を突き刺す巨大な影。 近くで見ると、それは異様さが際立っていた。 石やレンガで造られたものではない。 表面は黒曜石のように滑らかで、その至る所に血管のような赤いラインが走り、ドクン、ドクンと脈動している。 塔の周囲の地面は完全に死滅し、白骨化した木々が墓標のように並んでいた。
「あれが……お父様を蝕んでいる元凶」
セリアが憎々しげに睨みつける。 塔の高さは目測で100メートル以上。 最上部からは、目に見えない「パス(管)」が無数に伸び、周囲の土地や生物からマナを吸い上げているのが、僕の目にははっきりと見えた。 そのパスの一本が、僕の村――父さんの心臓へと繋がっている。
「へし折るぞ」
僕は立ち止まることなく、走りながら右手に魔力を圧縮した。 挨拶代わりの最大火力だ。 手加減? するわけがない。 父さんの余命はあと三日。悠長に階段を登って攻略してやる義理はない。 根本から吹き飛ばして、倒壊させてやればいい。
「エリル、セリア! 合わせろ!」 「了解!」 「ええ、木っ端微塵にして差し上げますわ!」
三人の魔力が高まる。 僕たちは塔の根元、その巨大な外壁に向かって、同時に必殺のスキルを解き放った。
『ユニーク魔法』――【爆縮火弾・連】 『聖魔法』――【聖光破砕砲】 『投擲』――【ミスリル・インパクト】
僕の連射した高圧縮火球が。 セリアの極太の聖なるレーザーが。 エリルが渾身の力で投げた、爆発術式付きの鉄球が。 すべて一点に集中し、轟音と共に炸裂した。
ズガァァァァァァァンッ!!
大地が揺れ、爆風が荒野を薙ぎ払う。 砂煙が舞い上がり、塔の根元が見えなくなる。 これだけの火力だ。Cランク冒険者どころか、Aランクの魔法使いでも直撃すれば消し飛ぶ。 物理的な建造物なら、間違いなく倒壊しているはずだ。
「……やったか?」
エリルが身構える。 だが、僕の『鑑定』は、絶望的な数値を弾き出していた。
「……嘘だろ」
砂煙が風に流され、晴れていく。 そこに現れたのは――無傷の黒い壁だった。 傷一つない。焦げ跡すらない。 それどころか、塔の赤い脈動がより一層激しくなり、周囲のマナを貪欲に飲み込んでいるように見えた。
【黒の塔(捕食要塞)】 状態:健在 特性:外部攻撃吸収(Absorb)、超高速再生 防御障壁:物理・魔法完全耐性(外部のみ)
「吸収された……!?」
セリアが悲鳴のような声を上げる。 僕たちの全力攻撃は、破壊に使われるどころか、この塔の「餌」にされたのだ。
「ふざけるな……! 父さんから奪うだけじゃ飽き足らず、僕たちの攻撃まで食うのか!」
僕は歯を食いしばり、塔の壁を睨みつけた。 外からは壊せない。 物理的な破壊を受け付けない理不尽な装甲。 これはただの建物じゃない。一つの巨大な「生物」であり、システムだ。 心臓を潰さない限り、何度攻撃しても無駄だ。
『鑑定』――構造解析!
僕は視線を塔全体に走らせ、マナの流れを追った。 吸収されたマナはどこへ行く? 壁を伝い、脈動に合わせて上へ、上へと運ばれている。 最上階。そこに、全てのエネルギーが集約される一点がある。
【ダンジョンコア反応あり:最上階】 【攻略条件:コアの破壊、及び管理者の排除】
「……やっぱりか」
僕は拳を握りしめ、二人に告げた。
「外からは無理だ。この塔自体が、侵入者を喰らって成長するダンジョンになってる」 「じゃあ、どうするの?」 「中から食い破るしかない。……最上階にある心臓を潰すまで、この塔は止まらない」
僕の言葉に応えるように、塔の根元の一部が、生物の口のようにグググッと開いた。 真っ暗な入り口。 そこから漂うのは、濃厚な腐臭と、濃密すぎるマナの気配。 『入って来い』と誘っているのだ。 中で消化するために。
「……上等ですわ」
セリアが杖を強く握り直した。 彼女の銀髪が、怒りの魔力で逆立っている。
「私、こういう悪趣味な相手は大嫌いですの。……中から内臓を焼き尽くしてやりましょう」 「同感だ。……レイン、行くよ」
エリルが先に立ち、入り口を睨む。 罠かもしれない。入った瞬間に閉じ込められるかもしれない。 それでも、僕たちに選択肢はない。 父さんの石化が進む一秒一秒が、僕たちに残されたタイムリミットだ。
「ああ、行こう。……この塔を、僕たちの狩場にする」
僕はIDカードが入った胸ポケットを一回叩き、黒い入り口へと足を踏み入れた。 足元はヌルヌルとした有機的な感触。 闇の奥から、無数の「何か」が蠢く音が聞こえる。




