【第20話:深淵のコード】
地下3階の扉を開けた瞬間、僕たちは言葉を失った。 そこは、ダンジョンというより「工場」だった。 ドーム状の巨大空間。壁一面に埋め込まれた発光パネルが明滅し、中央には塔のような巨大な円筒形の装置が鎮座している。 装置の周囲にはパイプが張り巡らされ、そこから漏れ出した高濃度のマナが、青白い蒸気となって空間を満たしていた。
「……レイン、これ」 「ああ。遺跡じゃない。プラントだ」
僕は震える声で答えた。 中央の装置。あれは間違いなく「マナ炉」だ。 しかも、限界を超えて暴走しかけている。 このままメルトダウンすれば、王都の地下が吹き飛び、地盤沈下で街の半分が消滅する。
『警告。炉心融解、予測時間まであと300秒』 『防衛システム、最終フェーズへ移行』
無機質な声が空間に響く。 直後、壁面の格納庫が開き、無数の飛行物体が飛び出した。 ドローンだ。 ただし、プロペラではなくマナ浮遊型の、銀色の球体。 その数、およそ50機。
「来るよ、レイン!」
エリルが短剣を構える。 ドローンたちが一斉に銃口――いや、杖のような砲身をこちらに向けた。 ピピピ、と赤い照準レーザーが僕たちの身体に集まる。
「くそっ、数が多すぎる! エリル、あいつらの相手を頼む!」 「全部!?」 「全部だ! 僕はあのリアクターを止める!」
僕は中央の制御コンソールへと走った。 エリルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにニヤリと笑った。
「……無茶振り。でも、やってやる!」
彼女が影のように跳躍する。 直後、ドローンから一斉に熱線が発射された。 エリルは空中で身を捻り、最小限の動きで回避しながら、すれ違いざまにドローンを叩き落としていく。
僕は背後で爆発音を聞きながら、コンソールに滑り込んだ。 ガラスのようなパネルに、未知の言語と図形が高速で流れている。 古代語だ。 だが、構造は分かる。OS(基本ソフト)の概念は前世と同じだ。
スキル【並列思考】全開。 スキル【鑑定】――コード解析モード。
視界が情報の洪水に埋め尽くされる。 『冷却システム破損』『制御術式エラー』『緊急停止コード不明』。
(読み解け。翻訳しろ。バイパスを繋げ!)
僕はパネルに両手を突き立て、直接マナを流し込んだ。 キーボードを叩くのではない。僕のマナを電子信号に変え、システム内部に侵入する。
『アクセス拒否。権限がありません』
赤い警告ウィンドウが視界を埋め尽くす。 防衛プログラム(ファイアウォール)が、僕の侵入を阻む。 まるで泥沼を泳ぐような感覚。脳が焼ける。 背後では、エリルが孤軍奮闘していた。 ミスリルの短剣がビームを弾く音が聞こえる。 彼女の悲鳴も、肉が焼ける匂いも。
「ぐっ……!」
振り返りそうになる首を、無理やり固定する。 振り返るな。 僕がここで手を止めたら、二人とも死ぬ。王都も死ぬ。 エリルが命懸けで稼いでいる時間を、一秒たりとも無駄にするな。
(権限がないなら、奪うまでだ!)
僕は**【魔力操作 Lv.8】**の全出力を、指先に込めた。 繊細なハッキングじゃない。 魔力の暴力的な奔流で、セキュリティシステムを物理的に焼き切る(オーバーライド)。
「開けろぉぉぉッ!!」
バチンッ!! コンソールから火花が散り、僕の指が黒く焦げる。 だが、赤いウィンドウが砕け散り、青い認証画面が表示された。
『管理者権限を確認。……ようこそ、マスター』
通った。 僕は震える手で、仮想キーボードを操作した。 『緊急停止』『制御棒強制挿入』『マナ排出弁、全開放』。
ズズズズズ……。 地鳴りのような音が響き、中央のリアクターから吹き出していた蒸気が止まった。 赤い光が消え、静寂な青へと変わっていく。
『システム、休止モードへ移行します』
同時に、空中に浮いていたドローンたちが、糸の切れた人形のようにガシャンガシャンと床に落下した。 動かなくなった機械の海の中で、一人の少女が膝をついていた。
「……エリル!」
僕は駆け寄った。 エリルはボロボロだった。 服はあちこち焦げ、頬には切り傷、左腕からは血が流れている。 だが、僕が抱き起こすと、彼女は薄く目を開け、いつものように憎まれ口を叩いた。
「……遅い。30秒オーバー」 「ごめん。……でも、助かった」
僕は回復ポーションを取り出し、彼女に飲ませた。 ポーションが傷を塞いでいくのを見届け、僕は安堵のため息をついた。 終わった。 古代の遺産との綱渡り。 僕たちは生き残った。
「……レイン、あれ」
エリルがコンソールの方を指差した。 リアクターが停止した後、コンソールの一部がスライドし、中から「何か」が出てきていた。 僕は近づき、それを手に取った。 手のひらサイズの、青い金属板。 そして、古びた一冊のノート。
『鑑定』。
【古代管理者のIDカード】 権限レベル:A 説明:古代遺跡の主要システムにアクセス可能な鍵。
【研究日誌(断片)】 記述者:Dr.クローネ 内容:対魔族兵器『機神』の開発記録と、失敗の顛末。
(対魔族兵器……機神?)
ノートをパラパラとめくる。 そこには、魔王軍に対抗するために古代人が作り上げた、巨大な人型兵器の設計図が描かれていた。 だが、最後のページには震える文字でこう書かれていた。
『我々は禁忌に触れた。この兵器は、魔王を殺す前に世界を滅ぼすだろう。だから封印する。未来の子供たちが、同じ過ちを犯さないことを祈って』
背筋が寒くなった。 このダンジョンは、ただの遺跡じゃない。 世界を滅ぼしかねない「爆弾」の保管庫だったのだ。 そして僕は今、その「鍵」を手に入れてしまった。
「……どうするの、それ」
傷の手当てを終えたエリルが、横から覗き込む。 僕は少し迷ったが、カードとノートを懐にしまった。
「持っていく。ギルドには『マナ漏出は止めた』とだけ報告しよう。このカードのことは伏せる」 「……なんで?」 「これが公になれば、国同士の戦争になる。あるいは、魔王軍がこれを狙って動き出すかもしれない」
これは切り札だ。 いつか来る魔王との戦いで使えるかもしれないし、逆に僕たちを破滅させるかもしれない。 だが、今の僕にはこれを解析する知識がない。 セリアなら分かるかもしれないが、彼女に見せるのもリスクが高い。
「秘密の共有、ってやつだな」 「ん。共犯者らしくていい」
エリルは少し嬉しそうに笑った。 僕たちは互いに肩を貸し合いながら、長い階段を登り始めた。 手に入れたのは、金貨よりも重い「世界の秘密」。 そして、死線を共に潜り抜けたことで、より強固になった「絆」。
地上に出ると、夜明けの空が広がっていた。 王都の空気が美味い。 僕たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。




