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【第15話:銀色の暴発】

馬車に揺られること三日。 僕とエリルは、大陸最大の都市、王都「アルテッツァ」の正門をくぐった。


「……でかいな」 「ん。首が痛くなる」


僕たちは田舎者丸出しで、天を突くような白亜の城壁と、幾重にも重なる尖塔群を見上げていた。 街路は広く、石畳は磨き上げられている。 行き交う人々の数も、服装の質も、故郷の村とは比較にならない。 そして何より、街全体に満ちる「マナの濃度」が濃い。


「レイン、財布。スリがいる」 「分かってる。エリルも、あんまり殺気を出すなよ。警備兵がこっち見てる」


エリルはフードを目深に被り、常に周囲を警戒している。彼女にとって、この巨大都市は「狩場」に見えているのかもしれない。 僕たちは冒険者ギルドの本部を目指して、大通りを歩き出した。


その時だった。 通りの向こう、魔導具店や古書店が立ち並ぶ一角から、甲高い言い争う声と、パチパチという不穏な音が聞こえてきた。


「離してください! これは私が正当な手続きで入手したものです!」 「うるせぇ! 子供が持ってていい代物じゃねぇんだよ、寄越しな!」


人だかりができている。 野次馬の隙間から覗くと、二人の男が、一人の少女を取り囲んでいた。 少女は12歳くらいだろうか。 王都の人間らしい洗練されたローブを着ている。 特筆すべきは、その髪色だ。 月光を紡いだような、透き通るような銀髪。 そして、男たちから必死に守ろうとしている鞄からは、赤黒い火花が散っていた。


『鑑定』。


【ゴロツキA】Lv.8 【ゴロツキB】Lv.9 【セリア】 年齢:12歳 職業:魔導学園生(Lv.10) 状態:魔力暴走の前兆パニック


(魔導学園生……エリートか)


だが、僕が目を奪われたのは彼女のレベルや容姿ではない。 彼女の鞄の中身だ。


【劣化魔石(火属性)】×5 状態:臨界点突破まであと10秒


「おい、まずいぞ」


僕は呟いた。 あのゴロツキたちは気づいていない。彼女が持っている魔石が、彼女自身の動揺した魔力と共振して、爆発寸前になっていることに。 ここで爆発すれば、周囲の野次馬も含めて吹き飛ぶ。


「エリル、男たちを剥がせ。数秒でいい」 「了解」


エリルが影のように人混みをすり抜ける。 次の瞬間、男たちの膝カックンが見事に決まり、二人はもつれるように転倒した。


「うわっ!? なんだ!?」


その隙に、僕は少女の元へと滑り込んだ。 少女は涙目になりながら、震える手で鞄を抱きしめていた。


「き、来ないで! これ以上近づくと……!」 「爆発するんだろ? 貸して」


僕は問答無用で彼女の手から鞄をひったくった。 中には、赤熱して脈打つ魔石。 普通の魔導師なら、防壁魔法を張って逃げるところだ。 だが、僕は違う。 これは「エネルギーの塊」だ。制御ハッキングすればいい。


「な、何をするの!? 逃げて!」 「黙って見てろ」


僕は鞄の中に両手を突っ込み、魔石に直接触れた。 熱い。火傷しそうな熱量。 スキル【魔力操作】全開。 スキル【並列思考】起動。


暴れ回る奔流のようなマナを、僕自身の魔力で包み込む。 押さえつけるんじゃない。流すんだ。 回転を加え、収束させ、無害な波長へと変換して大気中に逃がす。 かつて【火弾】を作る時にやった「圧縮」の逆。「拡散」のプロセス。


(……くっ、重い! なんだこの純度は!)


少女の魔力は、異常なほど純度が高かった。 僕の魔力操作(Lv.7)を持ってしても、手綱を握るだけで精一杯だ。 だが、その「扱いづらさ」に、僕は猛烈な好奇心を掻き立てられた。 このエネルギー、使いこなせれば黒竜の鱗だって焼けるかもしれない――。


シュゥゥゥ……。


数秒の攻防の末、魔石の赤熱が収まり、ただの石へと戻った。 僕は大きく息を吐き、額の汗を拭った。


「……ふぅ。一丁上がり」


周囲は静まり返っていた。何が起きたのか理解できていないようだ。 転んでいた男たちが立ち上がり、怒鳴り込もうとしてきた。


「てめぇ! 何しやが……」


ドスッ。 エリルの投げた石が、男の足元の石畳にめり込んだ。 男たちは顔を引きつらせ、捨て台詞を吐いて逃げ出した。


僕は鞄を、呆然としている少女に返した。


「危ないところだったな。魔石の共振ハウリング対策、してなかったろ」 「あ……え、ええ……」


少女――セリアは、信じられないものを見る目で僕を見ていた。 そのアメジストのような紫色の瞳が、僕の顔をじっと見つめている。


「あなた、今……素手で魔力を霧散させましたよね? 詠唱もなしに」 「ただの特技だよ」 「特技で済むレベルじゃありません! あれだけの密度を制御するなんて、宮廷魔導師クラスの技術です!」


彼女は興奮した様子で僕に詰め寄ってきた。 さっきまでの怯えた様子はどこへやら。研究対象を見つけた学者の目だ。 整った顔立ちだが、その瞳の奥には狂気にも似た探究心が見える。


(……へえ。面白い)


ただの深窓の令嬢じゃないらしい。 僕は彼女を改めて『鑑定』した。 今度は深く。その才能の底まで。


【セリア・フォン・アルライド】 種族:人族 職業:魔導学園生(特待クラス) 称号:公爵令嬢、魔導の申し子 ユニークスキル:【多重詠唱マルチ・キャスト】 状態:興味(レインに対して高)


(公爵令嬢に、多重詠唱……。大当たりだ)


王都に来て早々、とんでもない「素材」を見つけてしまった。 彼女のコネがあれば、一般の冒険者では手に入らない魔導書や知識にアクセスできるかもしれない。


「レイン、行くよ。目立ちすぎた」


エリルが袖を引く。 これ以上騒ぎになるのは面倒だ。 僕はセリアに向かって軽く手を振った。


「じゃあな、お嬢様。危ないおもちゃは程々に」 「あ、待ってください! お名前は!?」 「……レイン。ただの田舎者だ」


背を向けて雑踏に紛れる。 背後で、彼女が何かを叫んでいたが、喧騒にかき消された。


「……レイン。あの子、気に入った?」


隣を歩くエリルが、不機嫌そうに聞いてくる。 僕はニヤリと笑った。


「ああ、気に入ったよ。『利用価値』がありそうだ」 「……最低」 「褒め言葉だろ?」


エリルは呆れたようにため息をついたが、その表情は少し安心したようだった。 僕はポケットの中で、さっきの感触を思い出していた。 セリア・フォン・アルライド。 いずれ、必ず関わることになるだろう。 この街での攻略(冒険)に、強力な手札カードが増えた予感がした。


目の前には、巨大な盾と剣の紋章を掲げた建物。 冒険者ギルド本部がそびえ立っていた。

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