【最終話:暁の空へ、また会う日まで】
「急げ! ハッチが閉まるぞ!」
ヴァン先生の怒号が響く。 僕たちは傾く通路を滑り落ちるように駆け抜け、搬入ドックへと飛び込んだ。 そこには、奇跡的に無傷のまま鎮座する**【シルフィード改】**の姿があった。
「セリア、エンジン始動! 暖機運転なんていらない、全開だ!」 「了解ですわ! ……お願い、動いて!」
セリアが最後の魔力を振り絞り、コンソールに叩きつける。 キュイィィィン……ドオォッ!! エンジンの咆哮。船体が震える。
「全員乗ったな!? 出すぞ!」
僕たちはタラップを駆け上がり、そのまま甲板へ倒れ込んだ。 直後、船が急発進する。 ドックの天井が崩落し、瓦礫の雨が降り注ぐ中、シルフィード号は青い推進炎を噴き上げ、崩壊する要塞の腹を食い破るように飛び出した。
「うおおおおおッ!!」
上下左右も分からない轟音と振動。 船体があちこちで悲鳴を上げる。 巨大な要塞アークが、空中で真っ二つに折れ、爆炎を上げて落下していく。 その爆風に煽られながら、僕たちの船は独楽のように回転し――そして。
スポーンッ!!
黒煙の層を突き抜け、真っ青な空へと飛び出した。
「…………あ」
誰かの声が漏れた。 目の前に広がっていたのは、地平線から昇る、眩いばかりの朝日だった。 北極点の氷原を黄金色に染め上げる、夜明けの光。 あまりの美しさに、僕たちは言葉を失った。
「……生きてる」
エリルが僕の袖を掴み、確かめるように呟く。 眼下では、要塞の残骸が氷海へと沈み、大きな水柱を上げていた。 全てが終わったのだ。
「ガハハハハ! 最高だ! 生存本能が筋肉をパンプさせている!」 「……うふふ、死ななかった……残念なような、嬉しいような……」 「私、泥だらけですわ……。帰ったら一番風呂に入りますからね!」
ガル、エリス、セリア。 みんなボロボロで、煤だらけで、けれど最高の笑顔だ。 レオンハルトとヴァン先生も、肩を叩き合って健闘を称えている。
「……さて」
その喧騒から離れた船尾。 手すりに寄りかかり、一人で下界を見下ろす影があった。 カズヤだ。 僕はふらつく足で、彼の隣に立った。
「……行くのか?」 「ああ。ここは俺の居場所じゃねぇ」
カズヤは短く答えた。 その手には、あの錆びた刀が握られている。
「俺は、俺のやり方でこの世界を見て回る。……機神だの魔王だの、そんなデカイ話は御免だ。ただ、強い奴と斬り合えればそれでいい」 「……そうか」
止める権利はない。 彼は、教団という鎖からも、現代日本という檻からも解き放たれたのだ。 これからは、彼自身の足で、この異世界を歩いていく。
「レイン」
カズヤが僕の方を向いた。 その顔には、憑き物が落ちたような、清々しい笑みがあった。
「お前は強かった。……魔法も、悪知恵も、その生き方もな」 「お前には負けるよ。……次は勝てる気がしない」 「ハッ、謙遜すんな。……またな」
カズヤはヒラリと手を振り、そして――躊躇なく船縁を越えた。 パラシュートも魔法もない。 生身のまま、数千メートルの高さから雪原へとダイブする。
「……死ぬなよ、バカ野郎」
僕は小さくなった黒い点が、雪煙を上げて着地し、そのまま走り去っていくのを見届けた。 彼なら大丈夫だ。 どこへ行っても、最強の異邦人として生きていくだろう。
「レイン様!」
セリアが呼んでいる。 振り返ると、仲間たちが僕を待っていた。 朝日を背に、輝く笑顔たち。
「……帰ろう。僕たちの家へ」
僕は歩き出した。 前世では手に入らなかったもの。 信頼できる仲間。 熱くなれる冒険。 そして、自分の足で立ち、守り抜いた「今日」という日。
転生してよかった。 心から、そう思った。
「――Sクラス、点呼! 全員揃ってるな?」 「「「応ッ!!」」」
シルフィード改が大きく旋回し、王都の方角へと機首を向ける。 僕たちの冒険は、これで終わりじゃない。 世界は広い。まだ見ぬ謎も、ダンジョンも、美味い飯も山ほどある。
僕の二度目の人生は、まだ始まったばかりだ。




