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【第108話:無音の海と星を背負う狙撃手】

赤黒いゲートをくぐり抜けた瞬間、僕を包んだのは「死」そのものだった。 寒さではない。熱さでもない。 「無」だ。 音が消え、重力が消え、空気が消えた。


「……ッ!?」


肺の中の空気が膨張し、血管が沸騰しかける感覚。 僕は反射的に、ヴォルカの火山で使った**【酸素浄化マスク】を顔に密着させ、セリアが施してくれていた【環境適応結界】**を最大出力で展開した。


シュゴォォ……。 マスクから供給される酸素で、肺が焼けるような痛みが引いていく。 僕は目を開けた。


「……はは。マジかよ」


声は出ない。骨伝導で自分の鼓動だけが響く。 僕の目の前には、どこまでも広がる漆黒の闇と、散りばめられた無数の星々。 そして、足元には――青く、美しく輝く巨大な球体。 僕たちが住む「星」があった。


(成層圏じゃない。……衛星軌道上だ)


星喰らいは、精神世界に逃げたのではなかった。 肉体を捨て、その本質であるコアだけで、この星の重力圏外――宇宙空間へと脱出していたのだ。 ここなら、地上の機神も、勇者の剣も届かない。 安全圏から星のエネルギーを啜り、再生するために。


『……ギ、シャアアアアア……』


脳内に直接響く、不快なノイズ。 頭上を見上げる。 そこには、衛星ほどの大きさを持つ、半透明のクラゲのような怪物が浮かんでいた。 【星喰らい(幼生体・コア形態)】。 失った肉体の代わりに、周囲の宇宙塵デブリとマナを集め、急速に再生しようとしている。


(デカイな。……だが、的もデカイ)


僕は無重力の空間で、体をひねった。 足場はない。 だが、僕にはこれがある。


僕は背中の**【雷神の槍・改】**を構えた。 真空の宇宙空間。 空気抵抗ゼロ。重力の影響もほぼゼロ。 ここは、レールガンにとって最高の狩場だ。


(……行くぞ)


僕はトリガーに指をかけた。 マナを充填する。 砲身が青く輝くが、放電の音はしない。 静寂の中、光だけが奔る。


発射!


ズドンッ!!(振動のみ)


凄まじい反動が僕の体を襲う。 地上なら踏ん張れるが、ここは無重力だ。 弾丸を撃ち出したエネルギーと同じ分だけ、僕の体も後方へ吹き飛ぶ。 バック転をするように回転しながら、僕はスラスター代わりの爆裂魔法を背後に放って制動をかけた。


(制御が難しい……! だが!)


放たれたオリハルコンの弾丸は、減衰することなく直進し、星喰らいの触手の一本を根元から粉砕した。 音もなく千切れる触手。 青い体液が真珠のように飛び散り、宇宙空間で凍りついていく。


『……!?』


星喰らいが僕に気づく。 まさか、ここまで追ってくるとは思わなかったのだろう。 奴の無数の目が、一斉に僕を捉えた。 そして、その周囲に浮かぶ岩石デブリが、赤く発光し始めた。


(来るッ!)


数百のデブリが、弾丸となって射出される。 マナで加速された隕石の雨。 音速を超えている。


「……遅い」


僕は呟き(音にはならないが)、思考を加速させた。 スキル【直感】と【空間認識】。 宇宙空間では、上下左右の概念がない。 だからこそ、360度すべてが回避ルートだ。


僕は**【雷神の槍】**の先から、微弱なマナを噴射した(AMBAC機動)。 くるりと身を翻し、隕石の隙間を縫うように泳ぐ。 掠めれば即死。 だが、当たらない。 真空の中では、殺気もマナの揺らぎも、地上より遥かにクリアに伝わってくる。


(こっちは一人だ。……的が小さい分、有利だろ?)


僕は隕石の一つを蹴って加速し、星喰らいの懐へと肉薄した。 再度、射撃体勢。 今度は連射バーストモード。


光の弾丸が、暗黒の宇宙に直線を引く。 星喰らいの表面で爆発が起きる。 音のない花火。


『ガアアアアッ!!』


奴が悶え、巨大な触手を振り回す。 届かない。 僕は宇宙という無限のフィールドを使い、蝿のように飛び回りながら、巨象を一方的に撃ち抜いていた。


(……勝てる。この環境なら!)


だが、星喰らいもただの獣ではない。 奴の身体が明滅し、宇宙空間のマナが集束していく。 口にあたる部分から、紫色の光が漏れ出す。 あのブレスだ。 だが、地上とは規模が違う。 星を背にした僕に向けて撃てば、外れた流れ弾が地表に降り注ぎ、大惨事になる。


(……人質を取る気か)


卑劣な手だ。 避ければ、故郷が焼ける。 受け止めれば、僕が蒸発する。


「……やってやるよ」


僕は逃げなかった。 空中で静止し、銃口を構え直す。 左手で懐の**【左腕キューブ】**を握りしめ、右手でトリガーを引く準備をする。


「僕の背中には、うるさい連中と、守るべき世界があるんだ。……一発たりとも通すかよ!」


星喰らいの光が最大になる。 僕の銃口もまた、限界を超えて輝く。 音のない世界で、最後の「撃ち合い」が始まろうとしていた。

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