【第105話:神々の殴り合い】
『ギョオオオオオオオオオオオオッ!!』
大気が震えるどころではない。 世界そのものが悲鳴を上げているような咆哮。 北極点の氷が粉々に砕け散り、黒い海の中から「それ」は現れた。
山脈よりも巨大な、漆黒の繭。 いや、繭が割れ、中から無数の触手と、一つ目の巨人が這い出しつつある。 【星喰らい(スター・イーター)】。 全長、推定5000メートル。 生物というよりは、動く災害だ。
「でかすぎるだろ……! 縮尺がおかしいぞ!」
機神の頭頂部。 僕はモニター越しに見る光景に戦慄した。 僕たちが乗っている機神も巨大だが、相手は桁が違う。 鯨とイルカほどの体格差がある。
『警告。敵対性マナ反応、臨界点突破。……来ます!』
セリアの叫びと同時に、星喰らいの全身にある無数の「目」が開いた。 そこから放たれるのは、雨のような紫色の熱線。
ドガガガガガガッ!!
「ぐぉぉぉっ!?」
機神の装甲が火花を散らす。 回避? 無理だ。空を埋め尽くすほどの弾幕。 アークの元々のシールドなど、紙切れのように裂かれていく。
「レイン! 防御だ! このままじゃ分解される!」 「分かってる! ……見せてやるよ、本物の『絶対防御』を!」
僕は操縦桿を握りしめた。 左腕の感覚が、機神の左腕と同期する。 イメージしろ。 僕の腕は、今、神の腕だ。
「展開しろ……【アイギス】!!」
僕が左腕を突き出すと、機神の巨大な左腕が前方に展開した。 掌から六角形の光のパネルが無数に広がり、幾重にも重なって巨大な花弁のような盾を形成する。
『広域防御・七重の盾』
ズガガガガッ! 数千、数万のレーザーが盾に直撃する。 衝撃がフィードバックされ、僕の腕がきしむ。 だが、抜けない。 一枚たりとも割らせない。
「……耐えきれる! セリア、エネルギーを右へ回せ!」 『了解ですわ! 盾への供給を維持しつつ、右腕バイパスへ直結!』
「レオンハルト! いけるか!?」 「いつでも!」
隣の席で、レオンハルトが右の操縦桿を引く。 彼の義手が輝き、機神の右腕が背中のラックから「何か」を引き抜いた。 実体剣ではない。 オリハルコンの発生器から、収束されたプラズマが噴き出す。 その長さ、1キロメートル。
「切り裂け……【天断】!!」
レオンハルトが右腕を横薙ぎにする。 機神がそれに呼応し、巨大な光の剣を振るった。
ブォンッ!!
空間ごと焼き切る斬撃。 星喰らいが放ったレーザーの雨が、光の剣によって消し飛ばされる。 そのまま刃は敵の本体へ届き、その触手の束を数千本まとめて焼き切った。
『ギシャアアアアアッ!?』
星喰らいが苦痛の声を上げる。 効いている。 足がなくても、火力と装甲なら負けていない。
「追撃だ! Sクラス砲撃隊、撃ちまくれ!」
『応ォッ! 筋肉ミサイル全弾発射!』 『……呪いの弾頭……腐らせてあげる……』 『狙撃モード、頭部コアを狙う!』
機神の全身に設置された副砲(ガルたちが操作している)が一斉に火を吹く。 ミサイル、呪術弾、レールガン。 ありったけの火力が、星喰らいの傷口に叩き込まれる。
「……いい気味だ。だが、あっちも黙っちゃいないぞ」
機神の肩の上。 生身で仁王立ちしているカズヤが、ニヤリと笑って刀を抜いた。
星喰らいの傷口から、黒い泥のようなものが溢れ出した。 それは空中で凝固し、数千体の「飛行型魔獣」となって襲いかかってくる。 要塞内部への侵入を狙う特攻兵器だ。
「寄るな、雑魚共」
カズヤが刀を一閃させる。 真空の刃が飛び、先頭集団の魔獣が細切れになる。 彼は機神の装甲の上を走り回り、取り付こうとする魔獣を片っ端から斬り落としていく。 人間対空砲火だ。
「よし、近づけた! ……ゼロ距離まで潜り込むぞ!」
僕はスラスターを全開にした。 巨大な機体が、弾幕をかいくぐって星喰らいの懐へ飛び込む。 狙うは、繭の中心にある「核」。
だが、敵もさるもの。 星喰らいの巨体が大きく歪み、巨大な「口」を開けた。 そこには、赤黒いエネルギーが渦を巻いている。 極大ブレス。 喰らえば、アイギスごと蒸発する。
「来るぞ! 最大出力だ!」 「合わせろレイン! 攻防一体の陣形だ!」
僕とレオンハルトの意識が重なる。 盾を前に、剣を後ろに。 突撃形態。
「……いっけぇぇぇぇッ!!」
『対消滅突撃』!!
機神が光の矢となって突っ込む。 星喰らいがブレスを吐く。 衝突の瞬間、世界が真っ白に染まった。




