【第104話:足なんて飾りです、偉い人にはそれが分からんのです】
北極点へ向けて全速力で飛行する要塞アーク。 その広大なブリッジ(元・謁見の間)で、僕たちはモニターに映し出された機神のステータス画面を睨みつけていた。
【機神デウス・マキナ:ステータス】 頭部:接続(ONLINE) 胴体:接続(ONLINE) 右腕:接続(ONLINE) 左腕:接続(ONLINE) 右脚:接続不良(WARNING) 左脚:推進機関として占有中(BUSY)
「……やっぱりか。これじゃあ『人型』にはなれないぞ」
僕が指摘すると、ホログラムのセリアが悔しそうに頷いた。
『申し訳ありません、レイン様。……教団の運用が杜撰すぎましたわ』
セリアが解説する。
『まず**【右脚】**。これは「地脈接続」の機能を持つパーツですが、教団はこれを要塞の「土台」として埋め込んでしまっていました。無理やり引き剥がして飛び立ったため、現在はただのデッドウェイト……動かない重りです』
『次に**【左脚】**。これは飛行用のスラスターとして全出力を回しています。これを戦闘用に変形させれば、要塞はこの巨体を維持できずに墜落しますわ』
つまり、今の機神は「上半身だけが動く、空飛ぶ台座」の状態だ。 相手は星を喰らう巨大怪獣。 殴り合いをするには、踏ん張る「足」がないのは致命的だ。
「……おいおい、冗談だろ?」
カズヤが呆れたように、腰の刀(僕が渡した錆びた古刀だ)を叩く。
「足がないロボットでどうやって戦うんだ? 踏ん張りが効かなきゃ、パンチも撃てねぇぞ。……武術の基本もなってねぇな、古代人は」 「ふむ。カズヤ殿の言う通りだ」
レオンハルトも深刻な顔で顎に手をやる。
「僕の義手(右腕)と、レインの盾(左腕)があるとはいえ、機動力がないのは的になるだけだ。……あの巨大な繭を相手にするには、分が悪すぎる」
Sクラスの連中もざわついている。 「足がないとスクワットができないぞ!」とガルが嘆き、「……這いずり回る怨霊スタイル……」とエリスが不吉な提案をしている。
沈重な空気が流れる中。 僕とカズヤだけが、ふと顔を見合わせた。
「……なぁ、カズヤ」 「……なんだよ」 「お前のいた世界(日本)に、有名なロボットアニメがあったろ」 「あぁ? ……ガンダムか?」 「そう。その中に、未完成のまま出撃させられた、足のないラスボス機体があったのを覚えてるか?」
僕の言葉に、カズヤが一瞬キョトンとし、次の瞬間にニヤリと口角を吊り上げた。
「……『ジオング』か」 「ご名答」
僕は肩をすくめ、ブリッジの全員に向けて言い放った。
「心配いらない。……偉い人にはそれが分からんのさ」
「「は?」」
レオンハルトとセリアが声を揃える。 この世界の住人には通じないジョークだ。
「いいか、みんな。……宇宙や空中戦において、足は『歩くもの』じゃない。『姿勢制御(AMBAC)』のための重りだ」
僕はモニターの機神モデルを操作し、脚部パーツを強制パージ(切り離し)……ではなく、後方へとスライドさせた。
「右脚の重りをバランサーにする。左脚の推力で常に浮遊する。……つまり、今の機神は『地を走る巨人』じゃない。『空を舞う幽霊』だ」
僕はカズヤを見た。
「踏ん張る必要はない。反動は全てスラスターで相殺する。……お前ならできるだろ? 重力のない場所での殺し合い」 「ハッ! 愚問だな」
カズヤは獰猛に笑った。
「地面なんざ、弱者のしがみつく場所だ。……空中で斬り結ぶなんざ、日常茶飯事だぜ」 「レオンハルト、お前はどうだ? 義手の操作は慣れたか?」 「……無茶を言うね。でも、やるしかないなら合わせるさ」
レオンハルトは苦笑しながらも、銀色の拳を握りしめた。
『……理論上は可能ですわ。機神の制御リミッターを解除し、全エネルギーを「上半身の機動」と「火力」に回します』
セリアが素早く計算を終える。
『脚部へのエネルギー供給をカット。……これで出力が30%向上します!』
「よし。……Sクラス総員、およびレオンハルト!」
僕は指令を下した。
「これより、要塞アークを**【対星喰らい用決戦形態】**へと変形させる! ……脚なんて飾りだ。僕たちの『腕』だけで、あの化け物をねじ伏せるぞ!」
「「「応ォォォッ!!!」」」
鬨の声が上がる。 要塞が震動する。 外装パージ。余計な装甲が剥がれ落ち、内部から巨大な人型のシルエット――機神の上半身が露わになる。 背部には、巨大なブースターとなった左脚。 腰部には、スタビライザーとなった右脚。 異形だが、凶悪なほどに機能美に溢れた姿。
「……見えてきたぞ」
窓の外。 北極点の氷原が割れ、そこから山脈よりも巨大な「何か」が這い出そうとしていた。 星喰らい。 最後の敵だ。
「行くぞ、カズヤ、レオンハルト! ……特等席は頭の上だ!」
僕たちはブリッジを飛び出し、機神の頂点へと向かった。 足なんていらない。 僕たちには、世界を掴むための「手」があるのだから。




