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【第100話:蒼き棺】

上層への最短ルートを駆け抜けていた僕たちは、突如として開けた空間に出た。 そこは、通路というより「工場」だった。 壁一面に張り巡らされたパイプ。 そして、部屋の中央に林立する、数百本もの透明な円筒形カプセル。


「……ッ、ああっ!?」


ラピスが悲鳴を上げ、カプセルの一つに駆け寄る。 中には、青白い液体と共に、一人の人魚が浮かんでいた。 意識はない。 身体には無数のチューブが刺され、微弱な生体マナが強制的に吸い上げられている。


「お父様……! お姉様……みんな……!」


ラピスが泣き叫びながらガラスを叩く。 カプセルは一つではない。ここにある数百本すべてに、アトランティアから連れ去られた人魚たちが閉じ込められていた。 要塞アークの膨大なエネルギー。 その一部は、彼らの生命力ライフを燃やすことで賄われていたのだ。


「……許せませんわ」


セリアが眼鏡を押し上げる指を震わせる。 彼女の瞳には、かつて自分自身が「部品」として扱われた記憶と重なる、激しい憤りが宿っていた。


「生きたままマナを抽出する……。効率的ですが、美学の欠片もない『悪趣味』ですわ!」 「……助けなきゃ」


ラピスが振り返る。その目には、決死の覚悟があった。


「レイン、ごめんなさい。私は……これ以上先には進めない」 「謝るな。当然だ」


僕は即答した。 ここで彼らを見捨てれば、僕たちは教団と同じ「人でなし」に落ちる。 それに、彼らを解放すれば、要塞の出力が落ち、敵の戦力を削ぐことにもなる。


「だが、どうする? このカプセルは機神のシステムと直結している。下手に開ければ、全員ショック死するぞ」 「……私がやりますわ」


セリアが一歩前に出た。 彼女は自分の杖を床に突き立て、魔法陣を展開する。


「この区画の制御システムをハッキングし、安全装置セーフティをかけたまま解放します。……私ならできます」 「セリア……」 「行ってくださいませ、レイン様」


セリアは僕の方を見ずに、カプセルの列を睨みつけた。


「私がここで彼らを助けることは、貴方たちの勝利への布石でもありますの。……エネルギー供給を断てば、最上階の『機神・胴体』も弱体化するはずです」


論理的な理由づけ。 だが、その声は震えていた。 僕たちと離れることへの不安。そして、命を預かる責任の重さ。


「……分かった。任せる」


僕はセリアの肩を強く叩いた。


「ラピス、セリアを守ってくれ。……セリア、死ぬなよ」 「愚問ですわ! 私は天才ですもの!」


セリアが強がって笑う。 ラピスが深く頭を下げる。


「ありがとう……! 必ず、みんなを助けてみせる!」


「行くぞ! レオンハルト、エリル!」


僕たちは二人を残し、さらに奥のゲートへと走った。 背後で、セリアの詠唱と、ラピスの祈りの歌が聞こえ始める。 蒼き光が満ちる部屋を後に、僕たちは階段を駆け上がる。


戦力は減った。 僕、レオンハルト、エリル。 3人だけだ。 だが、迷いはない。 背中に感じる仲間の奮闘が、僕たちの足を前へと進ませる。


「……レイン。今の判断、正しかったのかい?」


走りながら、レオンハルトが問う。 セリア(回復役・解析役)を欠いた状態で、最強の敵に挑むリスク。


「正しかったさ。……あいつらは『守る』ために戦ってる。なら、僕たちは『倒す』ために戦うだけだ」 「……違いないね」


レオンハルトが義手を握りしめる。 階段の突き当たり。 巨大な装飾扉が見えてきた。 その向こうから、肌を刺すような、冷たく鋭い殺気が漏れ出している。


「……いる」


エリルが短剣を抜き、姿勢を低くする。 扉の向こう。 最上階【星の間】。 そこに、奴がいる。


「……開けるぞ」


僕は**【雷神の槍】**を構え、扉を蹴り飛ばした。


ズドォォン!!


扉が開き、寒風が吹き抜ける。 そこは、天井のない、星空の下の大広間だった。 中央には、脈動する巨大な機械心臓――【機神・胴体】。 そして、その前に立ち、夜空を見上げている一人の少年。


「……来たか」


カズヤが振り返る。 その手には、何も持っていない。 刀は腰に差したままだ。 だが、その全身から立ち上る「気」の密度は、王都の時とは比較にならなかった。


「待ちくたびれたぞ、レイン。……そして、元勇者」


彼は笑った。 狂気でも、洗脳でもない。 純粋に、強敵との死合いを待ちわびていた、修羅の笑顔。


「始めようぜ。……この世界で一番熱い、最後の殺し合いを」


最終決戦。 もはや言葉はいらない。 僕たちは無言で散開し、最強のライバルへと突っ込んだ。

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