第7話 〜旅立ち〜
精神世界でエヴァンと戦い続けて6週間。
時間の概念も寝食も忘れた日々。
エヴァンに一撃を入れて、白い光に包まれた。
現実へ戻ったレオン。
時間は、一瞬たりとも経っていなかった。
止まっていた時間がゆっくりと動き出す。
再びガイダルの戦斧が迫る中、軌道が手に取るようにわかった。
宙を舞、大振りの攻撃を躱した。
軽く距離を取ったレオンの尖先はガイダルの喉元を見据えている。
「なに!?」
仕留めたと思ったガイダルから驚嘆の声が上がる。
「おおお!!!」
群衆の驚きの声も訓練場に響いた。
ガイダルは困惑していた。
今、この一瞬で何があったのか…戦いも知らぬような素人の動きだった勇者が、死闘を乗り越えた戦士の動きに変わったのだ。
「ふん、舐められたものだ………容赦はせん!!」
素人と見せかけ、油断を誘う作戦だったのだと感じたガイダルは、多くの魔物を屠ってきた渾身の攻撃を放つ。
戦斧が振り下ろされるたび、大地が悲鳴を上げる。
レオンは必死に転がり、砂埃を浴びながら立ち上がった。
呼吸は荒く、胸が焼けるように痛い。
だが――心はまだ折れていなかった。
(……怖い。正直、死ぬほど怖い。でも……逃げられねぇ。ここで背を向けたら、みんなにも、おっさんにも顔向けできねぇ!)
彼の背後には、見守る仲間の姿がある。エリシア、セノン、カイン。
一方、対峙するガイダルの胸にも複雑な思いが渦巻いていた。
(なんだ、この男は……。最初から腰を抜かし、転げ回り、笑いものになっていた。だが……まだ立つのか?)
戦士として、ガイダルは誇りを何より重んじる。
勝てぬ戦いを挑む者を“愚か”と切り捨てることは簡単だった。
だが、愚かさの裏に見える“何か”が、彼の斧を重くしていた。
「勇者を名乗るなら――示せ!守るべきものを背負う覚悟を!」
吠えるように言い放ち、全力の横薙ぎを繰り出す。
「怖ぇよ。でも逃げたら、全部ダサくなるだろ!」
レオンの瞳が大きく見開かれた。
だが、恐怖より先に、冷静な確信があった。
(肩が……動いた。来る!)
無意識に身体が動いた。
刃が紙一重で頬をかすめ、火花のような痛みが走る。だがその瞬間、レオンの剣が空気を裂き、最小の軌跡でガイダルの首元へと伸びていた。
「……っ」
戦斧を握る腕が止まる。
ガイダルは一歩も退かぬまま、突きつけられた聖剣の切っ先を感じていた。
その眼差しは揺るがず、ただ静かに彼を見据えている。
(この男……笑みで虚勢を張り、恐怖を隠しているだけだと思っていた。だが――違う。
こいつは、恐怖を抱えたまま、それでも前に出る男だ)
訓練場が静まり返る。
誰も声を出せない。
そして、長い沈黙の末に、ガイダルは深く息を吐き出した。
「……ま、参った」
その声は敗北ではなく、誇りある戦士としての承認の響きを持っていた。
レオンは全身から力が抜け、膝を震わせながらへらっと笑った。
「へへ……な?ちょっと本気出せば、こんなもんなんだよ」
「うおおおおおお!!!」
群衆の叫びが訓練場に響いた。
酒瓶を振る者、賭けに勝って喜ぶ者、熱狂は最高潮に達した。
滑稽な冗談。
だがその笑顔には、不思議と嘘がなかった。
ガイダルは静かに膝をつき、頭を垂れる。
レオンは荒く息を吐き、肩を震わせながら剣を地に突き立てる。
エリシアは思わず息を呑んだ。
「すごい……」
いつもは道化めいた言動で場をかき乱す青年。
その姿が、今は真剣そのものの戦士に見えた。
まだ何者なのか掴めない。
けれど、その一端を垣間見たような気がした。
セノンは目を細め、拳を握りしめた。
「……速い。あんな動きができるなんて」
勇者と認めたわけではない。
けれど、目で追うのがやっとだった剣筋は、確かに本物だった。
ただ純粋に驚きを覚える。
カインは驚嘆していた。
「やるじゃないか、さすがは勇者様か」
皮肉めいた声音の奥に、ほんの僅かな興味が混じる。
冗談だけの男だと思っていた。
少なくとも、あの巨漢を倒せるほどの芯は持っているらしい。
静まり返った空気の中、レオンは疲れ切った顔を上げ、へらりと笑ってみせた。
不意に足から力が抜け、尻餅をついた。
「……はは、死ぬかと思ったぜ」
その一言に、仲間たちは胸の内に複雑な思いを抱えながらも、どこか安堵を覚えた。
まだ、この男は底を隠している。
そう確信するには十分な一戦だった。
大地に膝をついたガイダルが、ゆっくりと顔を上げた。汗と土にまみれた顔に、しかし不思議と晴れやかな笑みが浮かんでいる。
「……見事だ、勇者様よ」
低く響く声が、戦士の誇りを宿していた。
「お前の剣には、虚飾はない。軽口を叩き、己を道化に見せかけながらも……本気で人を守ろうとする心、その一撃に宿っていた」
レオンは肩をすくめて笑った。
「へへ……そんな大そうなもんじゃないけどな......仮にも勇者だからな」
ガイダルは苦笑し、ゆっくりと立ち上がる。
その巨体は揺らぎながらも、まっすぐにレオンへと歩み寄る。
そして、大きな手を差し伸べた。
「改めて、ワシはガイダル。戦士としての誇りにかけて、お前を認めよう。……共に戦わせてくれい、勇者よ」
一瞬の沈黙。
仲間たちが息を呑む中、レオンはにやりと笑い返し、その手をがっしりと握り返した。
「よっしゃ、歓迎するぜ。頼もしい戦士が来てくれて、俺のハーレム計画もますます安泰ってわけだ!」
「……最後のひと言が余計なのよ......」
セノンがまた頭を抱えてため息をついた。
エリシアは小さく微笑んだ。
また一人、心の色が澄んだ仲間が加わった。
そう確信できたから。
こうして、戦士ガイダルは勇者一行に加わった。
その絆はまだ細い糸のように頼りない。
だが、それでも確かに結びつき始めていた。
「……勇者よ。お前の戦いに、俺の誇りは打ち砕かれた。だが、それは敗北ではない。俺は――お前に従う」
その瞬間、二人の間には「戦士の誇り」と「道化の仮面」を超えた理解が芽生えていた。
そして、エヴァンの声が一瞬だけ胸に響いた気がした。
……強くあれ。
振り向くレオン。
しかし、そこには誰もいなかった。
腰に差した聖剣の宝石だけが僅かな光を放っていた。
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夜の酒場。
「あんたの信念の強さに惚れたぜ!! どこまでもついてくぜ!任せてくれ!! あんたとの旅で俺はもっと強くなってやるぜ!!」
ビールを片手にでかい図体でレオンの肩を叩くガイダル。
負けたが、すがすがしい気持ちで酒を飲んでいた。
「勇者様の旅に幸あらん事を~~!!」
こうして勇者一行は5名となり、翌朝から魔王討伐に向けた旅へ出発するのだった。
いや、飲みすぎて動けなくなり、もう一日遅くなったのだった。
第1章 ~旅立ち~を読んでいただきありがとうございます。
次回から第2章をお楽しみに!!




