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第七章:研究室の変化

 三ヶ月が過ぎ、璃音、美月、千花のチームは研究室で注目される存在になっていた。彼女たちの研究成果は質・量ともに向上し、特に璃音の量子もつれに関する新しい理論は国際的な注目を集めていた。


 今日は木曜日、璃音の排卵期の最終日。集中力が最高潮に達している。彼女は新しい論文の最後の計算に取り組んでいた。白いシルクブラウスに濃紺のスカート、足元は上質な革のローファー。首元には美月からもらった小さなパールのネックレスが輝いている。


「璃音、調子はどう?」


 美月が差し入れのハーブティーを持ってきた。今日の美月は少し疲れ気味だ。昨日から月経期に入っているため、今日は軽めの作業にしている。


「完璧よ。この計算が終われば論文が完成する」


「素晴らしいわ。千花ちゃんも頑張ってるのよ」


 美月が指差す方向を見ると、千花が真剣にデータ解析に取り組んでいる。今日の千花は黄体期で、細かい作業が得意な時期だ。薄いピンクのカーディガンに白いスカート、髪は可愛らしいハーフアップにしている。


 午後、三人は定例の研究ミーティングを開いた。


「璃音の新理論、本当に革新的ね」


 美月が璃音の論文原稿を読みながら言った。


「量子もつれの非局所相関を、時間の循環性という概念で説明するなんて」


「詩歌さんからヒントをもらったの」


 璃音は微笑んだ。あの夜間図書館での体験が、今の成果につながっている。


「時間は直線的ではなく循環的だって教えてくれた。それを量子論に応用したら、新しい解釈が生まれたの」


「詩歌さんって?」


 千花が興味深そうに聞いた。


「夜間図書館の司書さん。とても美しくて、時間について深い知識を持っている女性よ」


 璃音は詩歌との出会いについて、もう一度詳しく話した。二人は興味深そうに聞いている。


「会ってみたいな、その人」


 千花の目が輝いている。


「そうね。今度みんなで訪れてみましょう」


 その時、研究室のドアがノックされた。入ってきたのは学部長の田村教授だった。五十代半ばの男性で、いつも厳格な表情をしている。


「失礼します。神崎君、少し話があります」


 璃音は緊張した。田村教授が個人的に話をしに来ることは珍しい。


「君の最新の論文、査読者の評価が非常に高い。来月のヨーロッパ学会でも招待講演の依頼が来ています」


 璃音は驚いた。招待講演は若手研究者にとって大きな名誉だ。


「ありがとうございます」


「ただし、一つ気になることがあります」


 田村教授の表情が少し厳しくなった。


「最近、君たちのチームが『女性の周期』なるものを研究活動に取り入れていると聞きました」


 研究室の空気が緊張した。美月と千花も心配そうに璃音を見ている。


「はい。私たちは身体のリズムに合わせて研究のペースを調整しています」


「科学研究に個人的な身体的要因を持ち込むのはいかがなものでしょうか」


 璃音は深呼吸した。ここで怯んではいけない。


「田村教授、私たちの成果をご覧ください。この三ヶ月で論文三本、学会発表五回。以前の二倍の生産性です」


「それは……」


「身体のリズムを理解し、それに合わせて活動することで、効率が向上しました。これも立派な科学的アプローチです」


 美月が立ち上がった。


「田村教授、私も同感です。女性研究者の身体的特性を無視することの方が、非科学的だと思います」


 千花も勇気を出して発言した。


「研究の質も向上しています。無理をして体調を崩すより、自然なリズムに従う方が創造性が高まります」


 田村教授は三人を見回した。


「……確かに、君たちの成果は目覚ましい。ただし、他の研究者からの批判もあることを理解してほしい」


「批判があるのは承知しています」


 璃音は毅然として答えた。


「でも、私たちは結果で証明します。女性研究者の新しいワークスタイルとして」


 田村教授は少し考えてから言った。


「分かりました。ただし、必ず成果を出し続けてください。期待しています」


 教授が去った後、三人は安堵のため息をついた。


「璃音、よく言ったわ」


 美月が璃音の肩を抱いた。


「私たち、道を切り開いているのね」


「そうですね。他の女性研究者のためにも」


 千花も嬉しそうだ。


 夕方、三人は研究棟の屋上で夕日を眺めていた。秋の夕日は美しく、街を金色に染めている。


「考えてみれば、私たちって革命を起こしているのかもしれないわね」


 美月がつぶやいた。


「身体のリズムを大切にしながら研究をする。当たり前のことなのに、今まで誰も声に出して言わなかった」


「きっと詩歌さんが教えてくれた『時間の質』も、こういうことなのね」


 璃音は空を見上げた。


「量的な時間ではなく、質的な時間。自分らしいリズムで生きること」


 千花が璃音の手を握った。


「先輩たちと出会えて、本当に良かったです」


 三人は手を繋いで、夕日を眺めた。新しい時代の女性研究者として、彼女たちは確実に歩みを進めている。


 その夜、璃音は久しぶりに夜間図書館を探しに出かけることにした。詩歌に会って、お礼を言いたかった。そして、新しい発見について報告したかった。


 『月の暦』の本を手に、璃音は秋の夜道を歩いた。



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